♡恥♡

 帰宅して、真っ先に自分の部屋に入る。

 喧噪な空気から一転して、静寂が私のことを包み込む。

 心地良さと心地悪さが同居して、不思議な感覚が襲う。

 静かな空気の中、私はもふっとベッドに飛び込む。

 そして考える。

 今日あった出来事を振り返る。

 ふと思う。

 いやいや、キフレってなんなんだよと。


 あの時は場の空気とかに飲み込まれて受け入れていたけど、こうやって冷静になると意味がわからない。

 いや、この関係を提案したのは私なんだけどさ。

 だから、関係そのものにはあまり違和感を覚えない。

 そりゃ全く無いとは言わないけどね。


 でもキスフレンドってネーミングセンスはどうなのだろうか。

 安直中の安直ではないだろうか。

 だってそのまんま過ぎるし。

 キスとフレンドをガッチャンコしただけ。

 もっと遊び心というものを加えても良かったのではないだろうか。


 だがそれはそれこれはこれ、ということで。


 雛乃はこの関係を受け入れてくれた。

 というか、あっちからキスをしてきてくれるだなんて思ってもいなかった。

 だから動揺して顔を真っ赤にしてしまった。

 口をあうあう動かして。

 鏡はなかったから実際にどの程度顔が赤かったかまではわからないけど、体感としては相当赤くなっていたと思う。

 思い出しただけで恥ずかしい。

 ゆでだこレベルで顔は赤かったんじゃないかなぁ、多分。

 少なくとも生きてきた中でここまで頬に熱を感じたことはなかった。

 恥ずかしすぎて記憶から抹消しているだけかもしれないけど。

 とにかく私にとって新鮮だった。

 雛乃を好きであると意識してからはこういう感じの新鮮な出来事がいくつも転がってくる。

 話が逸れてしまった。


 閑話休題。


 雛乃からキスをしてくれたという事実は私に小さな希望と、大きな夢を与えてくれる。

 ただ彼女は同性同士の恋愛に興味がない。

 というか、良しとしていないのだろう。

 異端なものだと思っており、なんなら軽蔑の対象とさえ思っているかもしれない。

 あの時の反応はそこまで思考を発展させられるようなものであった。

 考えすぎだと言われてしまえばそれまでなのだが。


 まぁとにかくそんな雛乃が、だ。


 自らキスをしてくれた。

 例えその裏にどういう意図があったとしても良い。

 雛乃が自らキスをしてくれた。

 私に己の意思でキスをしてくれた。

 たったそれだけ……と思うかもしれない。

 傍から見ればその程度のことかもしれないが、私にとってはその事実はとても大きなものなのだ。


 もっとも本人は深いことを考えてはいないんだろうけど。

 あー、でもどうなんだろう。

 私の心中を当てたということは案外しっかりと色々考えているのかも。


 せっかく失恋してすべて吹っ切れた。

 そうやって諦めたのに、ふつふつと雛乃と結ばれたいという気持ちが成長し、増長する。

 雑草のように粘り強い。

 抜いても抜いても芽生えてくる。厄介だ。

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