♡恋愛観♡

 今日も放課後に意味もなく教室に残っている。

 帰ったってお互いにすることはないし、かと言ってどこか行きたいかって言われるとそういう場所もない。

 世間一般的な女子高生と言えば、スタバとかでナントカカントカカントカントカフラペチーノみたいなのを頼んで、スマホで写真を撮って、インスタにアップロードして、いいねを貰う。

 そういう放課後の過ごし方をするんだろうけど、私たちは無縁だ。

 興味がないのかと問われればそれまた違うような気もするけど。

 それよりも雛乃と過ごす、何の変哲もないふわっとした時間が好き。

 だからこうやって教室で目的もなく、だらだらと生産性の欠片もない時間を過ごし、暇を潰す。


 廊下からは吹奏楽部の演奏が聴こえる。

 楽器の調整をしている音なのかもしれないけど、音楽には疎いので良くわからない。


 「唯華はさ」


 自分の机でスマホを触っていた雛乃はことんとスマホを机の上に置いて、顔をふと見上げる。

 机の上に座っていた私は思わず背筋を伸ばしてしまう。

 悪いことはなにもしていないのに、なにか咎められたような気分だ。

 机の上に座っている時点で咎められるべきなのかもしれないけど。


 「はいはい?」


 雛乃は特になにも言わないので促す。


 「女の子同士の恋愛ってあるじゃん」

 「え、うん」


 私の心はびくんと跳ねる。

 心の中に魚でも寄生したのかなってくらい跳ねた。


 雛乃は私の心の中を見透かしたのだろうか。

 不安になる。

 スマホの画面に表示されている「同性婚におけるデメリット」というニュース記事が表示されていた。


 私はホッと安堵する。


 バレているわけじゃなさそうだ。


 良かった。

 本当に良かった。


 私の気持ちが透けていたのなら、この場から逃げてしまっていた。

 そのまま二度と雛乃の目の前に現れなかったかもしれない。

 ふぅー、危ない危ない。


 「……」


 雛乃はなにも言わない。

 足踏みしているという感じだ。

 一歩踏み出そうとしているけど、踏み出せない。

 そんな感じ。

 なんでかまではわからないけど。怖いからか、苦しいからか、辛いからか。

 なにかを危惧しているのだろうというところまでは推測できるけど、その先まではわからない。

 超能力者じゃないし仕方ないよね。


 「うん?」


 ほら言ってみなよという目線を送る。

 直接言葉にするとプレッシャーになっちゃうかもしれないから、言葉だけに留めておく。


 「人間の本能的に考えたらさ、おかしいよねぇ」


 頬杖をつきながら、そう口にする。

 私はぼーっとしてしまう。

 今の私にとって一番ダメージの入る言葉だった。


 雛乃は同性同士の恋愛をあまり良いものだとは認識していないらしい。


 そりゃそうだよね。


 吹奏楽部の演奏はピタリと止まる。

 静寂さが教室を包み込む。


 「う、うん。普通じゃないもんね」


 ハハハ、と私は乾いた笑いを見せる。


 ちゃんと笑えているかな、引き攣っていないかな。


 不安になってしまう。


 私の心は思いっきり抉られる。

 修正不可能なくらいに削られる。


 「そう」


 雛乃は頷く。


 それで私の心はさらに抉られる。

 抉られすぎてこのままだと心が消滅してしまうんじゃ……ってくらい抉られる。


 雛乃にとって同性同士の恋愛は普通ではない。

 

 違和感。

 異端。

 異常。

 ……は流石に言いすぎかもしれない。

 けどそれに近いのだろう。


 まぁ、言ってしまえばありえないと思っているのだ。


 これがなにを意味するのか。

 冷静にならなくともわかってしまう。

 もうちょっと鈍感であれば良かったのに。

 そうすればきっと気付かずにいれたのに。

 分からないままだったのに。


 神様はいじわるだなぁ。

 わかってしまう。

 わかっちゃうんだよねぇ。


 「……」

 「……」


 お互いに黙る。

 一切口を開かない。

 この後になにを言えば良いのかわからない。

 今無理矢理口を開けば失言をしてしまうような気がして、喋れない。

 沈黙だけが無慈悲に流れる。


 そうだねぇ……。

 拡大解釈だとか、曲解が過ぎるとか言われるかもしれないけど。

 言ってしまえば私は今、失恋したのだ。

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