♡早朝♡

 翌日。

 インターホンが鳴る。

 二階の私の部屋まで聞こえた。


 「唯華~。雛ちゃん来てるわよ」


 リビングか、キッチンか。

 玄関かもしれない。

 家のどこからか、母親の声が響く。


 ベッドに座って、意味もなくスマホを触っていた私はうんしょ、とおじさんみたいな声を出しながら立ち上がる。

 ぐぐぐと背を伸ばしてから立ち上がって、シワになってしまっていたスカートを伸ばす。


 そして電源のついていないテレビのモニターを鏡のように使って、リボンを調整する。

 緩めてみたり、キツくしてみたり。


 次に顔を少しだけ前に出す。

 それからちょろちょろっと前髪を触る。


 ただでさえ真っ黒な髪の毛はより黒く見える。

 漆黒という二文字が似合う。


 クルクルと人差し指に巻いて、するすると元に戻す。

 勉強机の上に置いてある口紅を手に取って、つけてみる。

 控えめな色なので、塗ってもあまりわからない。

 ちょっと色艶が良くなるくらいだ。

 ほとんど薬用リップである。

 実際そういう効果もある。


 「唯華~。アンタなにしてんの。雛ちゃん待たせてるわよ」


 また声が聞こえる。

 先に行っててもらって、と言いたくなる。


 けど、けどだ。ここで逃げたら気まずくなる。

 今まで構築していた関係が雪崩のように崩れてしまう。


 多分。


 そんな気がする。

 無論根拠なんてないけどね。


 「わかってるー」


 と言いながら髪の毛を触る。

 中々踏ん切りがつかない。

 もたもたしながら、またくーっと背を伸ばす。


 どかどかと足音が聞こえる。

 その足音が止まるのと同時に、部屋の扉は開かれた。


 母親がやってきた。

 私は棒立ちで扉の方に目線を向けながら、顔を顰める。


 「アンタなにしてんの」

 「なにもしてないけど」

 「なにもしてないならさっさと学校行きなさいな」

 「う、うん……」


 母親は不思議そうに私のことを見つめる。


 「なに」

 「雛ちゃんと喧嘩した?」

 「そんなことないけど」

 「ふーん」

 「いや、だから……ほんとにしてないって」

 「ほーん」


 怪訝そうに私のことを見る。

 というか顔を覗く。


 「なに?」

 「なーんでも」


 母親はくるっと体を反転させる。


 「雛ちゃんとは仲良くしておきなさいよ。アンタみたいなちゃらんぽらんな人と仲良くしてくれるのなんて雛ちゃんくらいなんだから。どうせ、今回だってアンタが雛ちゃんになにかしたんでしょう。どうせアンタが悪いんだからさっさと謝っておきなさい。変なプライドは身を滅ぼすわよ」

 「だから喧嘩してないって」

 「ほんとうかしらね」

 「ほんとだって、ほんと」


 というか、私が悪いって決めつける母親ってどうなんだろうね。

 娘のことを少しは信用しなさいよ。


 「そう。それならさっさと行ってきなさいな」


 やましいことがないならさっさと行け。

 あまりにも正論過ぎてぐうの音も出ない。


 「はいはい」


 反論なんてできないから、ぶっきらぼうにそう答えた。

 わかりましたよー、だなんて言いたい雰囲気を醸し出しながら。

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