私がホラーを書かない理由について

白瀬青

生徒のことでご相談を

 ホラーを書けない生徒がいるんですよ。


 ……そう、そうです。実は私、お世話になっている出版社のオンラインカルチャースクールで小説講座とかやってまして。そこの生徒です。お題に添って短編小説を書いてきてもらってね、それで定期的にZOOMで読み合いしたり添削したり……。

 その中にひとり、最初からとても文章の巧い生徒がいましてね。特にこう、なんというか日常のささいだけど嫌ァなことをとらえるのが巧い文章で。こう、たいしたことは書いてないはずなのに読む人がみんな「こういう経験があったかもしれない」って思うような。ぐっと琴線に触れてくるんですよね。難しい言葉とかいっさい使ってなくて、たぶん単語だけ抜き出したら小学生みたいな語彙力で、でもラストのカタルシスにはばしっと美しい情景が浮かんでくるんです。

 私、こういう講座に参加する人はみんな作家になりたいもんだと思い込んでたもんで、彼女にも勧めたんですよね。今度その出版社が創設するホラー短編賞への投稿を。

 彼女が書いているのはホラーではなかったけど、ああいうさりげない日常の解像度が高い人間は異世界ファンタジーよりホラーに向いていると思うんですよ。



 すると彼女が言うんですよ。


「わたし、ホラーを書くと必ず投稿できなくなるんです」


 まあね、人から向いてる向いてないって言われたって、書きたい作品ってもんがありますよ。だから人って創作をやるんじゃないですか。そうでしょう?

 だからてっきり私も、ははんきっと女の子だから怖い話が本当に怖いんだな。まあ、嫌って言うものを書かせるわけにはいきません。今度は他の応募要項を持ってきてやるかと思いましてね。

 そうしたらその生徒、妙なことを言うんですよ。


「いえ、ホラー以外でも投稿はしません。わたしが投稿すると本当になるんです。もう怖いんです。わたしの小説のせいで人が死ぬのは嫌なんです。どういうわけかわからないんですけど、Web連載ならギリギリ大丈夫でした。だからこういう全然現実と関係ない異世界ファンタジーとか、推しの二次創作とか、そういうのを、ひっそりと書いていけたらそれでいいんです」


 馬鹿な。と私は思いました。

 いえね、私にも経験があります。戦争の話を書き始めたらどこかで戦争が始まったりとかね、色悪のモデルにしていたイケメン俳優が本当に不祥事起こしたとかね、それでなんとなくバツが悪くなったから書き直し――したこといくらでもありますよ。作家なら誰でもあるんじゃないでしょうか、そういうこと。

 言うと彼女は本当に深刻そうな顔になって訴えました。


「いいえ、いいえ。違うんです。そういうのだけど、そういうんじゃないんです。

わたしの実家は近畿地方のある山村で、先祖から代々家族で小さな神社の神職をやっていました。隣の市まで行ったら名前を知らない人のほうが多いような小さな社です。派手なお祭りもありません。そこに住んでいるそのものが役目のようなもので、父も母も食べていくための仕事は別に持っていました。両親共働きでわたしは祖母に育てられたんです。……そのせいかもしれませんが、祖母は不謹慎な嘘に対して非常に厳しい人でした。言霊って言うんでしょうか。わたしがそれを言うと嘘が本当になるというんです。

わたし、この通り小学生の頃から空想癖があって。今はどうだか知りませんが、平成の小学生って物語や漫画を描ける人はクラスの人気者なんです。授業の合間の休み時間に見せて見せてってみんなが集まってきてくれる。特に怪談はみんなが回し読みして喜んだ。これがわたしを創作好きにした原初の記憶です。

ある日、家にみんなを呼んで百物語をしようって言って。さびれた神社だから雰囲気もあるしみんな本当に盛り上がってくれて。わたしはりきっていっぱい怖い話を作りました。そうしてみんなできゃあきゃあ盛り上がっていたら、突然祖母がパァーンと障子を開けて怒鳴りつけてきたんです。みんなの前で怒られて。一気に盛り下がって。悔しくて、みじめで、おばあちゃんが大嫌いで。

――その帰り、友達が死にました。

祖母に怒鳴り込まれたとき、わたしの話していた怖い話は、誘拐されて死んだ女の子の幽霊の話でした。

わたしが途中で話をやめてしまったからです。未来ちゃんはきっと、幽霊にもなれずに死んでしまったんです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る