第25話 あの日の記憶②

「ケイト」

「あら、珍しいわね。ようやく名前を憶えてくれたのかしら」


そんな軽口を返すのなら体調は悪くないらしい。そのことに安堵している自分がいて内心動揺した。


「何してんだよ?お前があんな成績取るとかあり得ないだろ」

「過大評価してくれるわね。いつも結構努力してこそなんだけど」


そんなことは分かっていた。ケイトに絡むようになってから、彼女がどれだけ努力しているのか気づいた。だからこそギルバートも小手先の技術だけでなく、真剣に取り組んでようやくケイトと同じぐらいのレベルになったと思えるようになったのだ。


その矢先にケイトの成績が落ち込んだのだから、何かあったと危惧するのは当然のことだろう。

そんなギルバートの考えを察したのか、ケイトが苦笑を浮かべる。


「別に手を抜いたわけじゃないわ。今回はチーム戦だったから個人の成績より全体の成績、生存者の数を優先しただけよ」


確かに生存者数と攻撃回数、命中率など複合的に判断される内容であったが、個人で優秀な成績を収めれば自然とチームに還元される。


「実戦では確かに生存者数が勝敗を分けるが、個々の能力を上げればいいだけの話だろう?」


仲間のフォローも大事だが、そのせいで共倒れになっては元も子もない。


「仲間を守るのも任務のうちよ」


そう言ってケイトは微笑むが釈然としない。


「せっかく勝ったと思ったのに、嬉しくないな」

「ほんの数か月でそこまで上達したんだから、すごいと思うわよ。まあでも次は私が勝つと思うけど」


もしかして負け惜しみなのかと思った。いつも自分だけが一喜一憂している気がしていたが、ケイトも負けて悔しいと思ったのならそれは嬉しいことだ。


「お、じゃあ賭ける?」

「私は構わないわよ」


楽しくなってきたと思うギルバートだったが、その気持ちはすぐに覆されることになる。


「ギルバート、これも頼んでいい?」

「……好きにしろよ」


(貴族のくせに平民にたかるな……)


賭けに負けたのは自分なのだから仕方ないのだが、ついそんな本音が出そうになる。


「思ってた以上にバディとの連携は難しいよね」


慰めているのかと思ったが、表情からしてスージーも上手くいかなかったようだ。


「意思の疎通と互いの能力を把握して戦い方を変えないといけないからな。単独の場合とは勝手が違う」


冷静に返すザックはケイトの次に成果を出していた。それも悔しさを増幅させる要因の一つだった。


「ええ。そしてどんな相手とも連携が取れるようになれば、きっと卒業ね」


カラン、と手元の氷が軽い音を立てた。

ケイトの言葉に緊張した雰囲気が走る。そのために入学し、訓練を積んでいるのだが、正直まだ実感はなかった。

ケイトだけはいつも先を見通しているような、達観しているところがある。


「……絶対ケイトより先に卒業してやる」

「あら、だったら次はもっと高級なディナーを賭けようかしら」

「じゃあ俺が勝ったら……」


(――俺はケイトに何を望む?)


思わず自問して言葉が途切れた。


「ギル?」

「いや、……俺が勝ったら、キティって呼び続けることにする」


適当に誤魔化すが、心の中には同じ疑問がくすぶり続けている。


「ギル、お前チャーリーのこと笑えないぞ」


いつの間にかいつもの雰囲気に戻り、ザックの呆れたような声が聞こえたが酒を口にして聞こえないふりをする。


(――俺にとってケイトはどういう存在なんだろう)


ギルバートがその答えを出すまでに、そう時間はかからなかった。

気づいてしまえば簡単だった。チャーリーの何気ない一言は正鵠を射ていたのだろう。


無意識に視線が、耳がケイトに向けられている。

嫌がられながらも他人と違う愛称で呼んだのも、自分だけの特別な呼び名が欲しかったから。

あれだけ激しく対抗心を燃やしたのも、好きな相手より強くなりたかったから。


(……何で俺は気づかなかったんだろう)


ギルバート過去にやらかした馬鹿な振る舞いを思い返しては頭を抱えた。

ケイトは大人の対応で明らかに嫌な顔を見せなかったが、好感度はマイナスだろう。よくて残念な弟でも見るような感じなのかもしれない。


「あー、そういやあいつ確か婚約者いるんだっけ……」


そもそも貴族令嬢で身分も釣り合わない。上手くいく要素が皆無だ。


(じゃあ諦めてなかったことにするか?)


「そんなの、できるわけないだろ……」


自分への問いかけに即座に拒絶の言葉が出る。自覚した途端にケイトへの好意がどんどん大きくなっていた。

諦めないのなら今までの自分の行いを改めて、挽回しなければならない。少なくとも友人と呼べる程度には好感を上げる必要がある。


(――でもどうしたらいいんだ)


商家の子供であったから、人当たりの良さには自信がある。今まで知り合った女性は丁寧な扱いと甘い言葉を囁けば、あっさりと靡いた。

だがケイトは既にギルバートを知っていて、未亡人に接していた時のような接客モードも知られているようである。突然態度を変えたところで不信感しかないだろう。


どう考えても挽回できる気がしない。結局一晩中考えたが、よいアイディアが浮かばなかった。


「おはよ。お前、昨日外泊でもしてたのか?」


寝不足をあっさり見破ったザックの言葉に、思わず周りを見渡した。これ以上誤解を招いてケイトに軽蔑されたくない。


「してねえよ。多分もうしない」


余計なことを言わないよう釘を差してから、食事に集中するふりをする。そんなギルバートの態度に何かを感じ取ったのか、ザックが面白いものを見つけたというような笑みを見せた。


似たような性格だから上手くやっていけるのだが、こういう時は厄介だ。それでもザックには打ち明けようと思っていた。

男同士だと体験談に花を咲かせるならともかく、恋愛話など普通はしないが背に腹は代えられない。自分で考えて分からないことなら、違う奴に相談するしかないのだ。


「アイゼンでいい?」


ザックから先に提案されたのは、静かで小さな酒場だった。話が早いのは助かるが、その含み笑いだけは勘弁してほしい。

頷いて了承するとさっさと食堂を後にした。



「へえ、やっと自覚したんだ」


出来の悪い生徒を褒めるかのような口調にイラっとしたが、今日は相談に乗ってもらうのが目的だから堪える。


「いや、ライバル意識なのかなと思った時期もあるけど、ずっと見てたらそうとしか思えなくて。ああ、多分他の奴らは気づいてないと思うよ、今のところは」


その含むところに気づいて、思わずため息が漏れる。今までは無自覚だったから気安く接していられたのだ。以前と同じように接するのはちょっと難しい。誰が好きな女に嫌がれるのが分かっている言葉を掛けたりできるのだろう。


(自覚するまでそうしていたのは自分だけどな!)


「ギルバート、ケイトのこと本気なのか?」


珍しく真剣な口調に顔を上げると、まっすぐに視線を据えるザックの顔があった。偽りを許さないような熱のこもった瞳に目を見張ったのは一瞬のこと。


「当たり前だ。簡単に諦められるような気持ちならそもそもお前に相談したりしない」


きっぱりと肯定を返すと、ザックの瞳が和らいだ。


「なら応援させてもらう」

「ああ、ありがとな」


少し照れ臭い気持ちになって、ギルバートは言葉を重ねた。


「つーか、ケイトの婚約者って絶対ろくでもない奴だよな。貴族は政略結婚が当然らしいが、それにしても普通は士官学校なんかに通うと知ったら引き留めるだろ」

「まあ、ケイトに普通を求めてもね」


何故か遠い目をするザックに気づかずにギルバートは酒を呷った。


「あんな綺麗な顔や肌に傷がつくかもしれないんだぞ!俺だったら絶対止めるし、他の奴に取られる前に結婚する」

「……お前、相当だな」

「は、本気だって言っただろ?まあ入学しなければ出会えなかったんだけど、卒業させたくねえな……。ああ、でもあいつの親は本気で娘を戦場に送るつもりなのか?」


士官学校で学ぶこと自体あり得ないが、婚約者までいる娘を兵士として奨励しているとは思えない。


「ケイトの性格ならそうするつもりだろうけど、邪魔は入るだろうね。ただ志願兵はよほどの理由がない限り断られない」


ケイトの親が介入すれば、きっとそれは貴族として生きることを意味している。いくら優秀な兵士であっても、釣り合わないことは明白だ。


「あいつに会えなくなるのは嫌だが、失うよりはずっといいかもな」


それでも一緒にいられる間は自分が全力で守ろう。ケイトが笑顔でいられるように。

そうすればこの想いも少しは報われる気がした。

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