第6話 手料理

何度も繰り返し行動することで、技術は上がっていく。


そう思ってみたものの、ラウルはエルザに対して同じ行為を何度も繰り返す気になれなかった。何度か他の贈り物を考えてみたものの、また嫌な思いをさせたらと想像すると行動に移す前に却下してしまった。


一度の失敗で諦めてしまうなど、訓練ではあり得ない。ある程度のレベルに到達しないと自分の特性を見極めることなど出来ないからだ。訓練と思考が足りないのだとギルバートに蹴りを入れられるだろう。


「おい、バカ!何でお前が飯作ってんだよ!?誰かと代われ、っていうかもう俺が代わるわ!ラウル、お前人の話聞いてんのか!?」


うっかり考え事をしていると、後ろからリッツの怒鳴り声が聞こえた。


「…ずっと調理担当をしていなかったから。問題ない。もうすぐ出来る」


空腹で気が立っているのだろうか。いつも以上に乱暴なリッツの声にラウルがそう返すが、リッツの表情は険しいままだ。


「良くねえよ!お前に調理をさせなかった理由を考えろ!ヒュー、お前近くにいたんなら止めろよな!食ったことあんだろ、こいつの飯を!!」

「リッツ落ち着いて。今回は調味料に変わったもの置いてないからきっと問題ないよ。ラウルが自発的に取り組みたいって言うの珍しいし、俺もそばにいたから、ね?」


本を片手に調理台の隅に控えていたヒューが、悪びれない口調で宥めた。


「ああ、ヒューは上官に呼ばれてから十一分ここを離れた時以外はずっといた」

「駄目じゃねえか!今日は実地訓練でくたくただから、飯楽しみにしてたのに……」


その場に崩れ落ちたリッツにヒューは取りなすように声を掛ける。


「でも見たところ美味しそうじゃん?それに空腹は最高のスパイスというからね」

「責任もってお前が一番先に食えよ」


ヒューは目を一瞬泳がせたのち、笑顔を貼りつけながら言った。


「あはは、残念ながら僕これからヤボ用で町に行く……待って、落ち着いて!」


拳を握り締めたリッツの怒りを感じとって、ヒューは慌てて提案した。


「……分かった、分かったよ!…えっと、味見してもらおう……誰か第三者に」

「他の奴を巻き込むな!こいつの料理が殺人的にマズいのは分かってんだろうが!!」


リッツの叫び声が簡易厨房に響き渡る。


(以前作ったとき、全員無言になったのはその所為なのか。特に問題ないと思ったのだけど……)


「食事のことぐらいで騒ぐなんてみっともない。外まで聞こえてるわよ」


凛とした声がすぐ近くで聞こえて、二人の動きがピタリと止まる。いつの間にか入口にエルザが立っているのを見て、ラウルは背筋が伸びるような緊張を覚えた。


「よそってくれる?」


エルザは近くにあった椀をラウルに手渡すと、ヒューとリッツの前に仁王立ちになって言った。


「第三者である私が味見して問題ないのなら、黙って食べること。いいわね?」


予想外の人物からの提案にヒューとリッツは顔を見合わせたあと、首を縦に振って肯定の意を示す。


(マズいものを食べさせたら、さらに嫌われてしまう。何か拒否する手段はないだろうか……)


スープを椀に注いだものの、ラウルはエルザに渡すことに躊躇いを覚えた。そんな心情をよそにエルザはラウルの手からさっと椀を奪い取って、口をつける。


「シンプルな味付けね。問題ないわ」

「……それはつまり、美味しいの?」


ヒューが恐る恐ると言った様子で尋ねる。


「美味しいかどうかは個人的なものだから、分からないわ」


淡々と告げてその場を離れようとするエルザに何と声を掛けて良いか一瞬迷う。その間に彼女はラウルの耳元で囁いた。


「美味しかったわ。ごちそうさま」


(もしかして褒められた…?)


胸の奥がじわりと温かくなる。


「……なあ、俺の舌がおかしいのか?」

「僕もそう思っていたところ……」


味見用の椀を手に何ともいえない表情をして小声で確認しあう二人の声は、ラウルには届かなかった。

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