第1話 ワーズオブスマイル

     ※


「ね、ねえ、あそこにいる人って……優雅ゆうがくんじゃない?」


「嘘っ!? あれって富鷹とみたかの制服だよね!?」


 今日は高校の入学式。

 その通学中、生徒たちの視線が一斉に俺に集まっていた。


「優雅って、富鷹うちに入学したんだ」


 皆好優雅みなよしゆうが――それが俺の名前だ。

 動画共有プラットフォーム『ミーチューブ』の配信がバズったのを切っ掛けに、今では割と知られるようになっている。


「ワーズのメンバーと同じ中学とかやばくないっ!」


 同じ小学校からの同級生三人で始めたチャンネル『ワーズオブスマイル』は、今では登録者200万人。

 俺の個人アカウントで投稿してるSNSの登録者は250万人を超えて、学生としてはトップのフォロワー数ということらしい。


「ティッティトックの踊ってみた動画、めっちゃ好きなんだよね」


 今話題に出たティッティトックは動画に特化したSNSだ。

 配信や投稿を中学時代からだが、フォロワー数は500万人を超えている。

 リピートで見てくれる視聴者がいることもあって、今ではメインで活動している『ミーチューブ』よりも再生数が多くなっていた。


「優雅がピアノ弾きながら、それに合わせて他のメンバーが踊るやつ?」


「あれピアノがめっちゃ上手いのに、自由みゆくんのダンスが変すぎて笑えるんだよね」


 特技は音楽全般。

 配信の歌ってみたや、弾いてみた、踊ってみた系の動画は評判がいい。


「誰か、声かけてきなよ」


「え……で、でもぉ……迷惑じゃないかな」


 生徒たちの声に足を止めることなく、俺は通学路を歩き続ける。


(……まぁ、高校もそれなりに楽しくやれるよな)


 これまでだって、大抵のことは人並みにやれた。

 幼稚園から中学まで、勉強も、運動も、人気だって――俺は全部一番だった。

 配信やSNSを通じて、自身の人気という才能に偽りがないことも知った。


 だけど、自分に自信があるかと言われたら、そんなことはない。

 数字を持ったという意味では、客観的に見ても、優秀であることは間違いない。


 なのに、井の中の蛙と思う気持ちが消えることはない。

 その原因は幼馴染に言われた言葉。

 それが、俺にトラウマレベルの劣等感を刻んだせいだろう。


『優雅って……趣味の話になるとキモくなるよね。オタクみたいで……怖い』

 中学一年の時、幼馴染に言われて一番傷ついたのはこの言葉だ。

 それには仕方のない事情もあった。


(……でも、その時に思ったんだ。――どれだけ人気があろうと、大切な人たちから拒絶されたらなんの意味もないって)


 これが挫折という言葉が当てはまるかはわからないけど。

 親友でもある幼馴染からの否定は、今もトラウマのような感情として残っている。


(……未だに引きずっているというのは我ながら繊細だもんだ)


 自分では好きなことを語るなんて普通だと思っていた。

 正直に言えば、今もそう思ってる。

 それが重度のオタク趣味だとしても。

 好きなことを好きだと自信をもって言いたい。

 だけど、世間の目はそうではないらしい。


 実際、この話を友人たちにしたら、程度の違いはあれど、同じように思っていたと打ち明けられた。

 しかも、若干気まずそうな顔で、だ。

 自分の『好き』が誰にとっても好感が得られるものではない。


 そのことがよくわかった。


 だから俺は、その日から人前で自分の趣味について話すことをやめた。

 なんとなく寂しさや悲しさはあるけど。

 誰に理解を得られなくたって、共感されなくたって、好きでいることはできるのだから。

 まぁ、その分、ネットの仲間はできたんだけどな。

 ちなみにオタク仲間の話によると、


『でゅふふ、これでもまだ昔に比べて、アニメやゲームは市民権を得たでござるよ~』


 趣味アカの友人にこんなこと言われた。

 だが、今で市民権を得たなら昔はどうだったのかを聞くと、


『……アニメ好きって言ったら学校でイジメられました』


『不登校確定、人生オワタwww』


 ガチトーンから冗談っぽく連続投稿。

 趣味で人生終わるとか、世界間違ってるだろ!?


(……まぁ、高校も趣味は隠すのが無難だな)


 日々、満たされないような、渇きがあったとしても。

 物足りなさはあっても。

 それなりに楽しい高校生活は送れるだろうから。


「あ、あの……」


 戸惑いながら、震える声で女子生徒に話し掛けられた。

 多分、思い切って声を掛けてくれたのだろう。

 流石に対応しないわけにはいかない。

 勇気を出して一歩踏み出してくれたなら、俺もそれなりの誠意を見せよう。


「ワーズオフスマイルのゆう――」


 そう思って振り返った時だった。


「優雅、おはよ」


 横から突然、名前を呼ばれ手を引かれた。

 目に入ったのは美少女と言って過言でない少女。

 明るく染めた髪。

 女性としては高い身長のモデル体型。


「舞花……よく俺がいるってわかったな?」


 美鈴舞花みれいまいか――幼稚園から中学まで同じクラスの『幼馴染』だ。

 そして当然のように、高校も同じになっていた。


「っ……べ、別にあなたを探してたわけじゃないから……。

 てか、優雅は目立つから直ぐにわかるの」


 舞花は頬を赤くして顔を逸らした。


「舞花……うそぉ……舞花じゃん!」


 通学中の男子、女子生徒たちから黄色い声が上がった。

 十代~二十代を中心に人気のSNS――イマスタの大人気インフルエンサー。

 子役時代を経て、舞台女優としても活躍している。


「ま、優雅と舞花ってたまに一緒の写真上げてたりしたけど……やっぱそうなの?」


「てか、二人ともうちの学校!?」


 通学路に人だまりができている。

 これは流石にまずいだろう。


「ま、舞花……あの、舞花さん……写真、いいですか?」


「ごめん。

 今度でもいいかな?

 今はほら……」


 周囲に舞花が目配せすると、声を掛けてきた生徒は状況を察した。


「ぁ……す、すみません」


「ううん。

 声、掛けてくれて嬉しかった。

 休憩時間とかでよかったら、写真一緒に撮ろうね」


「は、はい!

 ありがとうございます」


 人当たりのいい笑顔で、舞花はこの場を治めた。


「行きましょ。

 あなたが遅刻するわけにはいかないでしょ?」


「ああ」


 流石にこのまま話し込んでいては遅刻してしまう。

 舞花に促されて、俺たちは学校へと向かった。

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