39.ヒーロー

「さあもう諦めてくれないか?」

 飛田の余裕の表情が憎たらしい。しかし素人目にも勝敗は明らかに思われた。それでも聖は立ち上がってまた棒を構えた。

「聖くん、もう……」

 渚は聖を停止しようと肩に手をかけるが、振り向いた聖の表情を見て言葉を飲み込んだ。闘争本能を剥き出しにした獣みたいな目。やはり渚が知らない聖がいる。

「大丈夫だよ、ちょっと油断してたから軽いの一発もらっただけ。こんなんでギブアップしてたら剣道なんて何年も続けられないよ」

 あれが軽いわけない。少年にこんな負けず嫌いな一面があるとは思わなかった。剣道の技術だけが卓越していて内面は気弱な少年だという印象だったけれど、それは間違いだった。

 聖は再び飛田に打ちかかり、飛田が捌く。飛田も即座に反撃したが、聖の方も危なげなく捌く。それからまたしばらく撃ち合いが続いた。渚は気が気ではない。いまはどちらが優勢なのか分からない。

「千歳さん、なんとかならない?」

「もう少し……」

「え?」

 千歳は何かを待っている。

 ボキっという音がした。聖の木の棒が折れた。渚は心臓が押しつぶされそうになった。間髪入れずに繰り出される銅を狙った一撃を聖は折れた木の棒で防ぎ、そのまま体当たりを仕掛ける。しかし体格差はいかんともしがたく、少年の方が吹き飛ばされてしまった。飛田が「仕留めた!」とばかりに突き技を繰り出す。(「死んじゃう!」)渚は思わず悲鳴をあげた。

 バキっ!という衝撃音。そして、飛田が後方に吹き飛ばされた。

 既視感デジャブだ。聖と入れ替わるように、レオの姿が現れた。彼が前方に放った直線の蹴りが、飛田に綺麗に入ったのだった。

「さすが……」

 振り返ると楓の恍惚こうこつとしたつぶやきが聞こえた。

 まさに九死に一生を得た聖に向き直ると、彼は悔しさに顔を歪ませている。悔し涙を流さんばかりに。

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