第2話
広大なドーム状の空間がある。
VRゲーム『Rayden City Story : Call Of Abyss』でクエストを受ける際にプレイヤー達が必ず経由するロビーエリアである。
天井からドームの外周を囲うように派手な装飾のされた簡易モニターが浮かび、ゆったりと回転しつつ現在進行中のクエストの映像をランダムで映し出している。
ロビーの中央にも巨大なモニターが浮かび、そこにもクエスト中のプレイヤーが映し出されている。(優先で映し出してほしいプレイヤーが申請することで映し出してもらえるサービスがある)
そんなロビーエリアのわきには幾つかベンチやテーブル席が用意してあり、クエストに疲れたプレイヤー達が腰を下ろして足を休め、談笑を交わし交流している光景が見て取れる。
「やっぱり、ユイお姉さんはすごいです。魔獣なんか簡単に倒しちゃうし。私助けられてばっかりだなぁ」
力いっぱい両手を握り、目を輝かせる少女。
腰まである赤い艶やかな髪が印象的な少女。
その名はシスコ。
「そんなことないよ、シスコちゃんだってちゃんと能力を組めばすぐに私みたいに戦えるよ?」
微笑み返すのは黒髪の凛とした佇まいの女性、その名はユイ。
「そうかなー?」
「そうだよ。ね、シスコちゃんのビルドって今どんな感じなの?」
「えっと、平均型って師匠が言ってました」
「うん。私の場合はSTRに多めに振ってるからきっとシスコちゃんから見たら凄く強そうにみえるんだよ。私だってシスコちゃんが色々出来てうらやましいって思うことあるもん」
ユイはそう言って微笑んでシスコの手を握る。
「えへへ、ありがと」
シスコははにかんで目を細める。
「あ、今から何かやるみたいだよ」
ユイが顔をあげて広場の方を見る。視線の先には人垣ができ始めており、その中央にパフォーマーらしいガタイの良い男性プレイヤーが三人程集まっている。
「なんだろ」
言うもののシスコはその場から眺めるだけ。
今、二人の居る第二ロビーエリアは第一ロビー程ではないが人が集まるエリアで、程よく人が集まることから大道芸や即興劇を披露する場として使われることが多い。
第一エリアだと露店が多く、派手な演出をするのに色々と面倒な根回しが必要だったりするので気軽に出来てそれなりに人が集まる第二ロビーはダンスも含め発表の場として人気があるのだ。
「あー、あれってヨヨの奇妙な冒険のコスプレだね」
ユイは立ちあがって人垣の向こうに目をやる。
視線の先には改造学ランを着た某第三部の主人公の姿をした男と、上半身黒のタンクトップに黄色のボトムを穿いた首筋に星形の痣があるマッチョな金髪の青年が並んで立っている。そして、その後ろには黒子の格好をした人物が控えている。
「多いよね。このゲームのシステムに似てるんだっけ?」
「そうだよ。マンガだとスタ〇ドって言う超能力で……このゲームがパクったなんて言われてるんだけどね」
ゲームを楽しんでいる年下の友人に悪い噂を余り聞かせたくない気持ちが働いて語気が少し弱くなる。
パクったのかどうかは実際わからないが、似ているのは間違いない。
このゲームのシステム、『エイリアスシステム』と呼ばれる自分だけの
理想を積み込んだ能力でクエストを攻略するのは何物にも代え難い楽しみであるのだが、どうしたってプレイヤーの頭には有名なス〇ンドとかペル〇ナとかが思い浮かんでしまう。批判も已む無しである。
システム面に踏み込んで見てみれば、このゲームシステムは「精神の才能」とか「心の中のもう一人の自分」とかではなく一種の道具であり、中身はアセンゲーというのが判るのだが、大抵のプレイヤーは自虐心と諧謔心でもって「スタ〇ドのパクリ」と自ら呼んでいたりする。
極まったプレイヤーになってくると能力再現をするのは当たり前みたいな感じになっている。今も、
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!」
二人の人物の肉体からは半透明でマッチョな感じの時を止めそうな人型が飛び出して殴り合いをしている。
「オラオララッシュだぁ!」
観客は大興奮である。
「ザ・ワー〇ド!」
上半身裸の男が宣言した瞬間、学ラン男の周囲に大量のナイフが現れ男に向かって飛翔する。
「出たぁ! T・W再現!」
「完成度たけぇな、オイ」
「実際は加速系能力で範囲限定のメイ〇イン〇ブンに近いんだけどな!」
そんな野次馬もとい観衆の声。
ロードローラーも空から降ってくれば会場は最高潮に沸き立つ。
因みにロードローラーやナイフの一部は黒子の人が能力で出したりしているという涙ぐましい努力があったりするのだがそんな細かいことを観客は気にしない。
「ユイお姉さん、あれっていいの?」
「う~ん、いいんじゃないかなぁ。運営も公式ショップでそれとなくデザイン寄せた衣装売ってるし……」
そこはかとない不安を覚えつつもユイは答える。
「そ、そっかぁ。運営がやってるなら大丈夫ですね」
「そうよね。結構緩い運営だけど、悪質なプレイヤーの対処とかは早いしダメなときはきっと直ぐ対応してくれるはずよ」
そんな二人の会話は直ぐに別の話題に移り、仲睦まじく盛り上がっていたのだがそこへ、
「お、いたいた。ユイ、探したぞ」
二人が腰かけるベンチに向かってよく日に焼けた浅黒い肌のガテン系青年が手を振りながら声を掛ける。
その青年の後ろには同じくらいの外見年齢の男女数人が続く。
「アライくん。あれ、もうそんな時間だっけ?」
ユイは立ち上がるとガテン系青年、アライに向かって手を上げて返す。
そんなユイにシスコはというと、
「えっと……あの……」
声を小さくしてユイの後ろに隠れている。
そんなシスコに気が付いたアライくん。
「お、なんだ友達と一緒だったか?」
「そ、つい話し込んじゃって……。ごめんね、約束忘れてたわけじゃないんだけど」
「いいってことよ。おう嬢ちゃん、俺はアライっつーんだヨロシクな」
ガテン系青年アライはニカっと笑みを向ける。
そんなアライに続いて仲間らしい男女があいさつするがシスコに声はほとんど届かない。
普段はそれほど恥ずかしがりやというわけでもないのだが、とある事情によってVR内では人目を気にしてしまい、それを意識し始めると思い通りに体が動かなくなってしまうのだ。
「この子はシスコちゃん」
そういってユイはシスコの頭にそっと手を乗せ仲間に紹介する。
「は、はじめまして。シスコ、です……」
シスコは真っ赤になった顔を俯かせつつユイの腰に張り付いたまま顔だけ出す。
声は消え入りそうである。
なんとも女々しいことだ。
「おう、よろしくな」
アライは右手を差し出すが、シスコはというとぎゅっとユイの服を握って顔を隠してしまう。
「もう、アライくん。シスコちゃんは恥ずかしがりやなんだから」
「おお、なんだ、わりぃな」
苦笑して行き場を無くした手を引っ込めガシガシと後ろ頭を掻く。
そんなアライにユイは目元を緩めるとシスコに振り返って腰を落として目線を合わせる。
「わかればいいのよ。で、シスコちゃん私、これからみんなと約束があるの」
だから今日はここまでね、と言外に告げていた。
「うん」
「いつでも連絡ちょうだい。また今度ね」
「またね、お姉さん」
シスコは少し寂し気な顔をしながらも、笑みを浮かべてユイに手を振る。
「うん、またね。シスコちゃん」
ユイは少し申し訳なさそうにしつつも仲間たちと去ってゆく。
シスコはそんなユイの背中が人ごみに紛れて見えなくなるまで見送って、それから周囲に人が居なくなったことを確認して、
「ユイ、やっぱり可愛いな」
ぽつりと呟いた。
そこには先ほどの顔を真っ赤にしていた少女の面影はない。
凛とした瞳は何処かユイに似ていて、アバターであるはずがどことなく似た印象を与える。
VRゲームにおいて作成されるアバターにおいて偶々似ていた、ということはまま在り得るが、ことシスコにおいては偶然というわけではない。
シスコの作ったアバターには己の好みと理想が無意識のうちに入り込んでいたのだ。
「むふふ」
シスコはユイの手が触れた自身の手のひら、指先を舐めるように見て笑みを浮かべる。
そして、目を瞑ってその時の感触を思い起こす。
柔らかかった……、と。
そう、シスコはユイと既知である。
ユイは気が付いていないが、ユイとシスコはリアルで既に出会っている。
否、出会っているどころではない。
なにを隠そう、このシスコ、先ほどの女性プレイヤー、ユイの兄である。
シスコはここ数年ほど妹とは疎遠であった。
シスコが妹と疎遠になってしまった原因は定かではないが、シスコにとって妹の存在は生き方の方向を定めるのに十分以上の重きを置いていたのは間違いない。
だが何が原因か、思春期に入った頃に妹に嫌われてしまったのだ。シスコ自身はそのことを頑なに認めようとはしないのだが……。
ともかく、そんなシスコは恥も外聞も投げ捨てて妹との関係修復の為に妹と同じゲームを遊ぶことで事態解決への糸口を模索することにしたのだった。
それがVRゲームであるところの『Rayden City Story : Call Of Abyss』である。
ちなみに今現在は「立場を隠しつつもある程度親しくなり、友好関係を築く」という目標を設定し順調に目標を達成しつつある。ゆくゆくは信頼を勝ち取った際にすべてを明かし兄としての尊敬と妹からの愛を取り戻す算段である。
ともかくとして一定の成果を上げつつある現在、シスコは満足げに笑みを浮かべると軽い足取りで、普段ホームに使っている第三ゲート広場へと向かうのだった。
ホームにたどり着いたとき、悪夢が始まるとも知らずに。
※エイリアスシステムは完全な外付け装備で、本人の才能とは関係なく一定の性能を発揮できるように調整されている。
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