4.8.これでいい


 投げ飛ばされたロクは体勢を立て直そうとするがなかなかうまくいかず、このままでは何処かに激突して怪我をする可能性があった。

 手足を動かして必死になるが、結局意味をなさず万事休すかと思われた時、少し強めの優しい抱擁が出迎えてくれる。


「うっ……! ろ、ロク大丈夫……?」

「シュイ!」


 ようやく駆けつけてくれたアオが、飛んできたロクを受け止めてくれたのだ。

 どうやら刃天はアオがこちらに駆けつけてきたことを気配で察知して投げ飛ばしてくれたのだろう。

 しかし……そんな彼は今、ようやく地面に激突した。


 側にいたチャリーは目を瞠って口を覆った。

 肉体が両断されて別々のところに落下したのだ。

 凄まじい量の鮮血と惨状が、明らかに助からないことを物語っている。


 アオもその光景に再び吐き気を催したが、ぐっ……と堪えて手の中に水を作り出した。

 初めて見る惨い惨状に怯んで合流するのが遅れてしまった。

 このせいで刃天は死んでしまったのだ。

 いわば自分のせい……。

 もうこのような場所で怯んでいるわけにはいかない。


 顔を上げ、眉に力を入れる。

 周囲の水の元素をかき集めて水魔法を発動させた。

 幾つかの水の塊が空中に浮遊する。


「チャリー。刃天は大丈夫……!」

「……話には聞いていますが、私はまだ信じていませんからね……。とにかく、ドリー様を……。いや、ドリーを何とかしましょう」

「うん」


 戦闘態勢に入ったチャリーは腰に携えていた二振りの短剣を取り出す。

 それと同時にアオは水の量を増やして攻撃準備をした。


 これを見たドリーは一つ息を吐く。

 エルテナを見てしまった以上、こちらも本気を出さなければならなくなったのだ。

 しゃがみこみ、地面に手を沈める。


 ドリーがこの村を破壊したのには理由があった。

 無論刃天との戦いに備えていたということもあるのだが、一番大切なのはこの仕事が成功しても失敗しても、自分が犯罪者になれるからだ。

 なんなら、魔王を自称してもいいかもしれないな、と思いながら魔法を発動させた。


「ダートドール」


 ロクが縮こまる。

 側にいたアオがその異変に気付いて背中を撫でると、小刻みに震えているということが分かった。


「……ロク?」

「アオ様、気を付けて!」

「うわっ!!」


 グラ……と地面が揺れた。

 その揺れは次第に大きくなっていき、次の瞬間地面から巨大な腕が生える。

 地下に通じる扉を開けるかのように巨大な大地をひっくり返し、適当に放り投げて体を露わにさせる。

 岩や石で構成されたゴーレムとは違う。

 本当にただの土の塊であり、格好は不格好で、硬度は格段にゴーレムより劣るかもしれないが、その体躯は数倍……数十倍といってもいいかもしれない。


 これが十体居るのだから笑えない話である。


「……アオ様……。ほ、本当に……本当に申し訳ないのですが、私では力になれないかもしれません……」

「うん。大丈夫」


 アオのその言葉にチャリーはショックこそ覚えたが、なんだか違和感があって視線を向けてみる。

 覚悟の決まった人間の顔を、暗殺者でもあるチャリーはよく覚えていた。

 彼のしている顔は、それとまったく同じである。


「僕がやる」


 ズアァッ……! と量の増した水が土塊人形に直撃する。

 その速度は意外にも早く、大量の水が一体を完全に飲み込んだ。

 アオの作った水は中で水流が発生しているらしく、体を構築している土をドリルのように削り取って無力化してしまった。

 真っ黒になった土が地面に落下すると同時に、残り九体の『ダートドール』が足を上げてこちらに迫って来る。


「チャリー! 刃天の体くっつけて!」

「ええ!? こ、こ……! この怪物の歩く道を掻い潜って!?」

「お願い!!」

「……ッ! しょうがないですねぇ!!」


 両手に持っている短剣をクルリと回転させて逆手に持つ。

 特殊元素である光の元素をかき集め、一気に駆け出して回避に専念する。

 いつどこで何が飛んでくるか分からないが……今、一つの仕事を貰ったのだ。

 主の頼み。

 これを遂行するのが、暗殺者というもの。


「やってやりますよ!」


 凄まじい轟音が響き渡った。

 チャリーが上を見上げてみれば大量の水の塊が『ダートドール』に直撃したところだ。

 ついでと言わんばかりにガリガリと体を削って無力化させる。


 これを見て、チャリーは“まだ粗い”と胸の内で呟いた。

 アオの特別な水魔法はほぼ無限に水を生成することができる力を有している為、物量で押し通す戦い方が主になっている。

 表現としてはゴリ押しと言ってもいいだろう。


 つまり、戦い方が荒く、繊細ではないのだ。

 エディバンは水の形をナイフに変えたり、弾丸にしたりと様々な攻撃方法を有していた。

 アオもこの域にいつかは辿り着くだろうが……それはいつかではいけない。

 とはいえチャリーは魔法に関してそこまで理解が深くない。

 やはり、どこかで魔法の師匠を見繕う必要があるだろう。


(ま、今は無理ですよね)


 すると、大量の水と土がぶつかり合う音が再び聞こえた。

 見上げてみれば破壊された土の塊が落下してきている。


「ぅい!?」


 落下してきた土塊を何とか回避し、時には諦めて魔法で回避する。

 チャリーが得意とする『実体移動』はどんな場面でも発動できる良い魔法だ。

 意識していればどこに出現したいかも指定できる。


 移動した場所を指定できるので『実体移動』を使用した瞬間攻撃を繰り出すことも可能。

 欠点としては移動距離が短いというところだろうか。


「んん?」


 チャリーの行動にようやくドリーが気付いた。

 大量の『ダートドール』を操っているので上ばかり向いていたので気づかなかったのだ。

 しかしどうやら死体を回収しようとしているらしい。


 ドリーは刃天が復活しないことを不思議に思っていたところだ。

 これは恐らく土の剣で体を真っ二つにしてしまったことが原因だろう。

 生き返ると言っても……肉体が回復不能なレベルに損傷しているとできないのかもしれない。

 時間を掛ければ復活するかもしれないが、今は戦闘中。

 この時間は命取りだ。


 アオは恐らくこの事をいち早く看破し、チャリーを刃天の遺体の下へ向かわせているのだろう。

 流石というべきか。

 先ほどまでこの村の惨状を見て吐き気を催していた子供とは思えない程の洞察力だ。


「“視て”しまった以上、対処はせねばな……」


 手に持っているステッキを少し振ると、チャリーから最も近い『ダートドール』が瓦解した。

 凄まじい音を発しながら大量の土が落下してくるので、これにはチャリーもすぐに気づく。

 あれが一気に落ちてきたら『実体移動』でも回避することはできないだろう。


 どうする、と考えていると大量の水が滑り込んできた。

 落下してきた土塊を全て受け止め、チャリーが逃げるだけの時間を稼ぐ。

 素早く移動して難を逃れた時、ようやく刃天の上半身を発見した。


 次の瞬間、アオが支えていた土塊が一気に地面にぶつかって土煙を発生させる。

 完全に視界が遮られてなにも見えなくなったが、チャリーは刃天の下半身がある場所を覚えていた。


 すぐに半身を抱えあげ、手に持っている武器を取り上げようとしたのだが……。

 それは不可能だった。


「死んでもすごい力……!」


 常人ではあり得ないほどの力で握られており、武器を取り上げることができなかったのだ。

 少し危ないが、このまま持たせて運搬する。


 この間、ドリーはチャリの動きを全て把握していた。

 地に足をついている者であれば、どんな距離だろうと感知することができるのだ。

 だが……彼はこの間なにもしなかった。


 この契約魔法は視界を共有するだけであり、声や感覚は把握できない。

 なのでチャリーの姿が見えなければ何をしようとしているのか把握することはできないのだ。


 そして案の定、彼女は刃天の上半身を下半身がある場所へと運搬していった。

 ……これでいい。


「よし、エルテナ様……。少々、力比べと行きましょうか」


 ドリーはステッキを持ち上げて更に多くの『ダートドール』を作り出す。

 それに対抗するように、大量の水が城壁のように競り上がった。

 


 ◆



 はっ……と目が覚めた。

 急いで上体を起こしてみれば、相変わらずあの鬼がそこに座っている。

 彼はいつものように己の名を呼んだ。


「起きたか、亡者刃天」

「……お前にゃ聞きたいことが幾つかある」

「まぁそう急くな急くな」


 地獄の粗茶を湯呑に注ぎ、ゆっくりと飲み始める。

 ようやくこちらに体を向けたと思ったら、酷く真剣な様子でこちらを睨んだ。

 ピリリとした気配を肌で感じる。

 地伝が多くを語ろうとしていることに気づいた。


「正味、私も多くを理解しているわけではないのだがな」


 地伝の真剣な様子に、刃天も居住まいを正した。

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