2.4.目的地(アオの師匠五人)


 長い間降っていた雨が上がった。

 木の葉に付着した水滴が太陽の光を反射して森の中を照らしている。

 それらは自重に耐えかねて自ら地面に落下した。


 すべての荷物を確認し終えたアオは、己が使えそうな道具と刃天が使えそうな道具を分けて持ち運ぶことにした。

 最低限のものは双方の魔法袋に入れている。

 これでもし散り散りになったとしても一夜を過ごすくらいは容易だろう。


 刃天は愛刀を携え、羽織を羽織らずに魔法袋に仕舞っている。

 あまり汚したくないこともあるが、旅に羽織は邪魔なのだ。

 帯に魔法袋を結び付ければ意外と様になった。

 この中に水袋や寝袋、食料すらも入っているというのだから驚きだ。

 重さも感じさせないし、これがあるだけで旅のやり方が大きく変わる代物である。


 アオはずっと来ていたローブを着こなし、体のほとんどを隠していた。

 フードは被っていないが、人が多くなる場所では顔も隠す予定らしい。

 この子の目は良く目立つ。

 色だけを見て誘拐する行商人もいるということなので、刃天は人が多くなる場所では気を配ることにした。


「ようし! んで、どこに向かうんだ?」

「まずは……王都に行くべきだと思う。逃げる先としては一番いいと思うから」

「ふむ、逃げるならば人が多い場所に限るか」


 理にかなっている、と刃天は一つ頷く。

 昇っている太陽を見て方角を確認した。


「場所は?」

「えと……。僕の故郷から西に向かった方角だから……」

「んじゃあっちだな」


 さっさと方角を確認してしまった刃天は、くるっと踵を返して歩きだす。

 それにアオもとてとてと付いていった。


 歩いている内に分かったのだが、この方角はゴブリンに襲われていた行商人の馬車を発見した道だ。

 ともなれば、あの行商人ともしかしたら出会うかもしれない。

 会ったところでどうというわけではないのだが、あの商人は盗人なので気を付けなければならないだろう。


 己の愛刀を盗んだ罪は重い。

 下手人であることには変わらないし、次に何かしでかそうものなら沙汰関係なく叩きってやると強く誓った。


「む、そういえば。アオの所にはどれ程の使用人がいたんだ?」

「分かんない」

「……多いんだな……?」

「うん」


 数えきれないだけの人数を養うことができていたのか、と少し驚く。

 だが使用人と言っても戦うことができない者がほとんどの可能性もある。

 アオが知りうる中で、生存していそうな使用人を上げていってもらえないかと頼んだところ、しばらく考えてから教えてくれた。


「五人は絶対……生きてると思う……」

「絶対か。では可能性があるのは何人だ?」

「ううん……お父様たちの護衛をしていた人たちは多分……いないから……。七人くらい……?」

「十二人か。まぁまぁいるじゃねぇか」


 とはいえ、この全員が生きているとは思えない。

 裏切りが発生した日に武力で助太刀しようとした者ももちろんいたはずである。

 アオの家族が全員死んでいるとなれば、彼らの側近は既に天に召されているだろう。


 それ以外の使用人……。

 多く見積もっても五人程度だろう、と刃天は軽く踏んでいた。

 期待して探しても意味がないことは分かり切っているからだ。

 一人を見つけ出し、それから新たな情報を頼りに仲間を探していけばいい。


 だが、もう一つの可能性がある。


「裏切者に寝返っている可能性はあるか? 命惜しさに従ってそうなものだが」

「勿論いると思う……。でも、今僕が上げた五人は僕の魔法の師匠なの。あの人たちが寝返るとは思えないんだ。七人は……剣士だけど……」

「武力面な奴らだけか。知略に長けた奴はいるか?」

「エディバンさんは……頭が良かったと思う。でも、どうだろう……。お父様たちと戦ってたかも」

「見てないのか」

「うん。すぐに逃げる様に言われたから……」


 この場で誰が生きているかを確定させることは難しそうだ。

 人探しというのはやはり難儀なものである。

 王都に行ったからと言って、発見できる保証はどこにもないのだが……あの森で何もせずに引きこもっているよりはマシだろう。


 とりあえずアオから最も生存している可能性が高い五人の名前を教えてもらった。

 あの戦い方無事に逃れることができる実力者との事だ。


 一人は先ほども述べてくれたエディバン。

 水の魔法使いでアオに最も長く魔法を教えてくれた師匠の一人で、最も実力のある人物らしい。

 彼は魔法だけでなく頭脳も明晰で、アオの父親の補佐をしていたようだ。


 次に双子のメックとレック。

 メックは雷、レックは炎魔法を得意としているらしい。

 二人の攻撃をどれだけ防ぐことができるか、という修行を幾ばくか教えてもらっていたようだ。

 領地の中でギルドの経営を任されていた二人で、実力は確かだし金銭面の管理も任されていたので信頼は厚い。

 ギルド、というのはどこの国にも領地にもある組織で、冒険者ギルド、商業ギルドなど様々なギルドがあるらしい。

 分からない話は別にいい、と説明を後にしてもらって次の人物を教えてもらう。


 四人目は女魔法使いのレノム。

 魔法使いの中でも珍しい変質魔法を得意としている人物で、最も得意としているのは氷魔法らしい。

 防御面、攻撃面どちらにも使うことができる氷魔法なのだが、発動に少しばかり時間がかかるのが弱点である。

 よく眠るらしく、居眠りをしては何度も怒られている姿を目にしたことがあるらしい。


 五人目はドリー。

 土魔法を得意としている老人で、植物や生物について本当によく知っている博識な人物だ。

 アオの一族に仕えるまで方々を旅していたらしく、薬草やらを売って路銀を稼いでいた経験から来ているらしい。

 だが耳を悪くしているので大きな声であっても聞き取ってくれないことが多々あるのだとか。


「とりあえず……こんな感じ」

「強者揃いってところか。ではまずそいつらを探すところから始めるか」

「あの日、家に居なかった人たちもいると思うから……!」

「無事に逃げてくれていれば、だな」


 覚えられないほどの人数がいるのだ。

 裏切った家臣に寝返った者たちもいるだろうが、少なからず忠義はまだアオたちにある。

 もしこちらが勢力を整え、敵陣にいるアオに仕えていた者たちと接触できたならば、よい間者となるだろう。


 いろいろと希望が見えてきた。

 アオの表情も次第に明るくなり、今では堂々と道を歩いている。


 と、そんなところで街道に出ることができた。

 王都というだけあって広い範囲の道を整備している様だ。

 森から街道に出て周囲を見渡してみれば、遠くの方に小さな馬車が見える。


「ふむ、しばらく徒歩だな」

「あっ」

「……なんだ。いや待て」


 聞きたくない、というのが本音である。

 この世に疎い刃天が『あっ』と口にしてもそこまで大した問題にはならない。

 だがアオが言うとなると、わりと深刻な状況である可能性が高い。

 いや、もう確定で不味いことになっているのだろう。


 アオは恐る恐る魔法袋に手を突っ込んで何かをまさぐっている。

 そこから取り出したのはふにゃふにゃになった小さな巾着袋だ。

 中に何も入っていないということが刃天でも分かる。


 女二人組から剝ぎ取った魔法袋にも手を突っ込んで似た様なものを取り出した。

 そこには数枚の銭らしき物が入っている様だ。

 何枚あるかを確認したアオは、深刻そうな顔でこちらを見た。


 そんな顔で見ないでくれ、と切に願うが、否応なしに深刻なことを口にする。


「路銀がない……」

「おいおい待て待て……。嘘だろ!? 金くらい持っとけよ! お前いい所の子供だろぅ!?」

「逃げてたんだからそんな大金持って来られるわけないでしょー!」

「次の事考えとけよあのジジイ!」

「じぃはコインで戦うの好きだったから……」

「ん馬鹿!!」


 銭じゃなくてもいいだろ、と心の底から叫び散らした。

 とはいえ戦闘でほとんどの路銀を使ったというわけではなく、アオの着ているローブや刃天がくすねた解体用ナイフなどは、少ない路銀で道中に購入していたのだ。

 旅ができるまでの準備を持っていた路銀で何とかしたとのこと。

 事情を聞いた刃天は呆れながら頷き、今後の大きな問題の一つに金銭問題を入れておいた。


 だが裏を返せば取られる物がないということにもなる。

 大体の盗人は金銭を要求してくるし、それがないとなれば追いはぎしかできない。

 そんなことをされるつもりは一切ない刃天ではあったが、逆にと盗賊でも山賊でも襲ってこないかな、と密かに期待した。

 返り討ちにして路銀を確保するためである。


 だがそんなに都合よく襲ってくるはずもない。

 誰もいない街道を眺めては、げんなりして肩を落とした。


「まぁ……路銀は稼ぎゃいいか! ところで……どこで稼げる!?」

「じ、刃天だったら……冒険者ギルドかな……」

「ぼーけん? 何するんだそりゃ?」

「ゴブリンを倒したり……」

「おお! はははは! 楽な仕事じゃねぇか! だったら目的地はまず……ぼー……えーと?」

「冒険者ギルド」

「冒険者ギルドだな!」


 目的地が明確に決まったならば、もう迷うことはない。

 まずは王都ダネイルに向かい、そこにあるはずの冒険者ギルドへと立ち寄る。

 路銀を稼ぎ、これからの出費に備えるのだ、と意気込んだ刃天は街道を歩いていく。


「……だ、大丈夫かな……」


 一抹の不安を抱えながら、アオはとてとてと付いていったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る