1.6.拾い子


 この世では人を斬ることができない。

 であれば先ほどの荷馬車を襲うこともできないし、旅人から金銭を奪うことも難しい。

 だがそこでふと気が付いた。


「……あの異形に襲わせて……全滅したところで行けばよかったか……」


 邪な考えが脳裏をよぎったが既に後の祭りなので鼻で笑ってすぐに忘れた。

 さて、この森で暫く生活するつもりなのでまずは食料を確保したいところだ。

 寝床など草木があれば問題ない。

 しかし食料といっても飲料水は必須中の必須だ。


 そういえば刀を探している時に小川を飛び越えたな、ということを思い出したのでまずはそちらに戻ってみることにする。

 この世を回って人間と交流するのもいいだろうが、今までの常識が通用しないのは目に見えている。

 あの甲冑に大きな馬車、そして大きな馬……。

 服装もすべてが異なっていたし、顔だちも異国の人間のそれだ。

 おいそれとついていって面倒ごとに巻き込まれるのは御免である。


 となれば、森の中で暫く生活して徐々にこの世のことを学んだ方が利口だと考えた。

 森での生活は経験したことがあるし、水場があるのであれば狩りもそこまで難しくない。

 それに肉というのは美味いのだ。


「む、小刀がないか……」


 改めて自分の服装を確認してみる。

 死ぬ間際、行商人から奪った立派な着物に着替えていた為、見た目はそこそこまともだ。

 藍色の着物に灰色の袴。

 黒色の大きな羽織は肌触りも良く格好がいい。

 草履も新しいものに新調していたのでここで暫く使う分には問題なさそうだ。


 何とか金を稼ぐことができないか、と物乞いが草履を作る姿を真似ていた時があるので作り方は知っている。

 材料さえあればこの世でも作ることができるだろう。

 

「フッ、昔取った杵柄という奴だな。さて、この辺りだったはずだが……」


 移動しながら地形を把握するのはもはや癖である。

 これができなければ山の中で生き抜くことは難しい。

 記憶を頼りに辿り着いたのは確かに綺麗な小川が流れる清流であった。

 水を手で掬ってみると見事な透明度を誇っている。

 これであれば口にしても腹を下すことはなさそうだ。


 上流の方を見やればどうやら滝があるらしい。

 先ほど洞窟の付近で崖を見たが、あの上から流れてきているのかもしれない。


 広く探索するのは後回しにし、水場も見つけた事なので拠点となる場所を探すことにした。

 この辺りによい場所はないかを見渡してみると、大きな岩を発見した。

 覗き込んでみると大きな二つの岩が良い空間を作り出している。

 トンネルのように貫通しているが、片方を封じれば拠点としてはまずまずの場所になるはずだ。


「ここだな」


 そうと決まれば拠点造り開始である。

 とはいえそんなに大層なものを作ることはできないのだが、雨風くらいはしのげるようにしておかなければならない。

 まずは大きな木を拾い集め、その後に蔦やら大きめの葉を集めていく。

 重りとしてその辺の石も適当に見繕った。

 小川にはで綺麗な石がゴロゴロしているので、そちらからも回収する。


 枝と草を蔦で絡めた簡易的な板を作り、拠点の反対側を封鎖する。

 隙間は小石などを詰めて隙間を埋めた。

 この辺は手で枝を折ったりするだけでできるので楽なものだ。


 あとは大きめの枝をVの字に蔦で結んで、それをいくらか作った。

 拠点の入り口となるところにこれを起こし、足元を石で固定して基盤は完成。

 不格好ではあるが、あとはこれに草木を使って壁を作れば屋根ができあがる。


「おお、久しく作った割には良い出来なのではないか? こいつも放浪時代に教えてもらったのだったか」


 彼らは何といっただろうか?

 昔のこと過ぎて覚えていないが、山々を渡り歩く者たちだったことは覚えている。

 過去の経験は決して無駄にならない物だ、と刃天は感慨深く思った。


 さて、今日は雨も降っていないし風も強くない。

 続きの作業はまた後でもいいだろうということにして、そろそろ狩りをしなければならない。

 今晩の食料がないのだ。

 これほどまでに綺麗な清流であれば釣りでも楽しみたいところだったが、生憎その道具がない。


 使える道具を作るのにも少し時間がかかる。

 さて、どうしようかと悩んでいると森がざわめき始めた。


「あ? なんぞ?」


 鳥が止まっていた木々から一斉に飛び立った。

 それと同時になにやら嫌な声がする。


 あの緑色の異形の声だ。

 確か名前をゴブリンとかいっただろうか。

 ふと思ったが、あいつらに拠点を荒されてしまうのは大変困るし鬱陶しい。

 ここは一つ間引きをしておいた方がいいかもしれない。


 先ほど大量に殺したのではあるが、恐らくあれでは足りないのだろう。

 生命力が低い分、繁殖能力が高いのかもしれない。


「そうと決まれば速戦即決。もうちょい付き合ってくれ栂松御神」


 軽やかに跳躍した刃天は着地すると同時に全速力で現場へ駆けつけた。

 周囲の状況を把握するのに丁度いい。

 障害物を跳躍して回避しながら向かってみれば、また戦闘音が聞こえ始める。

 この辺りではいざこざが多いのだろうか。

 だとしたら拠点を作る場所を間違えたのかもしれない。


 若干後悔しながら目的地へ辿り着いてみれば、そこには二人の人間と十を超えるゴブリンが武器を持っていた。

 人間はローブのフードを目深にかぶった老人と小さな子供であり、老人に至っては既に手負いだ。

 しかし実力は確かなようで周辺には三十を超える程のゴブリンの死体が転がっていた。

 老人は弓や投石などで傷を負い、接近戦に支障が出始めているらしい。


「……食料なし……か。待っていても意味ねぇな」


 今回はゴブリン間引くため、という理由で戦闘に参加する。

 決して人間を助けたいからではない。

 ただ、多少の謝礼は期待しているが。


 刃天は抜刀しながらその場に介入する。

 同時に二匹のゴブリンの首を跳ね飛ばしたあと、遠距離武器を持っている敵を集中的に狙った。

 弓を使っているのが二体居たが瞬く間に斬り伏せ、石を握りしめてこちらに狙いを定めている相手に対しては逆に石を蹴りつけて意識を反らし、すかさず接近して仕留める。


 やはり倒すのは弓兵からに限る。

 その後の戦闘がとても楽になるのだ。


 ほぼ一瞬で蹴りが付いたところで、その辺の葉っぱを摘んで刀に付着した血液を拭う。

 もう少し綺麗な布が欲しいが持ち合わせがない。

 と、そこで老人が倒れる音が聞こえた。

 子供が小さな声で彼の名前を呼びゆすっている。


「あ? 死んだのか?」

「じい……! じぃ……!」


 確認してみれば、まだ息はある。

 しかし彼の服に付着していいる血液は敵のものではなさそうだ。

 これだけの血を流してよく戦っていたものだ。


 その場にしゃがみ込んでみると、老人は刃天の足を掴んだ。

 ぎょっとして離れようとしたが彼の力はあまりにも強く、その場から足を引くことができなかった。


「な、なんだ……!」

「どこの、誰とも……分かり……ま、せぬ、が……。……ェ……ナ様、を……頼ぅ──」

「は? ……おい。おい? ……は~……」


 刃天は大きくため息をついた。

 この老人が言いたかったのは、大方この子供を守ってくれとか、そんなところだろう。


 正直、そんな面倒なことは御免である。


「……ぐぬ……しかし……んん……」


 沙汰が気になりすぎて困る。

 この幸を増やすためには善行が必要だと言われたことは記憶に新しい。

 子供を世話することで幸が増やせるのだろうか。

 可能な限り人間とは一緒に居たくはないのだが……この死者の最後の言葉をないがしろにするというのも後味が悪い。

 なにせ実際に死後の世界を経験したのだ。

 嫌でも気にしてしまうと言うもの。


 だがそこでピンと閃いた。

 ぽんと手を叩いて言葉に乗せる。


「おお、そうか。これは試すに値する」


 今現在、幸がどこまで減っているのかは目視で確認できない。

 増やしたところで微々たるものだとは言っていたが、幸が増えれば多くの選択肢が訪れる。

 この子供と老人を見つけたのも一つの道なのだろう。

 であればこれを失ってはいけない。


 ……先ほどあの御者を完全に無視したが、まぁいいだろう。

 これも己の選択である。


 そうと決まれば……まずは骸漁りである。

 老人をひっくり返して使えそうなものを頂戴する。

 小刀や何かしらの薬品、他にも腰に付けている袋の中に多くの道具が入っている様だ。

 武器もとりあえず頂戴しておくことにした。


「悪いな」

「じぃ……」

「……泣かないのか。子供にしては立派なことだ」


 泣いたところで何かが得られるわけではない。

 同情心を与えることはできるかもしれないが、基本的にはそれだけだ。

 やはり自分で何とかしなければ世というのは渡り歩けない物である。


 そういえば、先ほど弓を使っていたゴブリンがいた。

 これを回収して矢筒もくすねる。

 計三十本ほどの矢があるので狩りに十分使えそうだ。

 予備としてもう一本の弓も回収しておいた。


 とりあえずこれだけの道具があれば、しばらくは困らないだろう。

 刃天はすべての道具を担いて子供の頭をつつく。


「行くぞ」

「……じぃ……。うん……」


 意外と素直に従った子供はすくっと立ち上がって刃天の羽織を握った。

 齢は七歳か九歳程だろうか。

 こんな子供がここまで大人しくなるというのは、相当な経験がなければありえないことだ。

 昔の自分を見ているような気持になる。


 二人は老人から離れていく。

 取り残された老人は物言わぬ骸のままその場に放置されたが、ずず……と地面が動いてそのまま地中に引きずり込まれた。

 他のゴブリンも同じように地面の中に吸収され、再び大地は平坦になる。


 小さな魔力が子供の指先から伸びているということは、刃天は気付く由もなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る