今の俺……

りく、帰ろうか」

「ああ、うん」


44歳になったけど、何の取り柄も才能も学歴さえない俺は、弁当屋の店長になっていた。


昔は、凛音って名前で働いて稼いでいたけれど……。

今は、本名の月森陸人つきもりりくとに戻ったのだ。


バツイチになってから、結婚に向いてないのがわかったから……。

俺は、同棲はしても結婚はしない。というポリシーを貫き通している。


今は、弁当屋のバイトので知り合った美咲みさきと暮らしている。

美咲は、大学在学中に弁当屋で働いていたけれど、卒業した今は大手広告代理店に就職し働いている。

年下ばかりと付き合うのは、【結婚】というフレーズが出て欲しくないからだった。


俺は、ズルい。

【結婚】をしたくないからって若い女の子と付き合って……。


「陸。私達、付き合って6年だよね」

「そうだな」

「私も、そろそろ26歳になるから」

「そっか早いな」

「そうじゃなくて」

「何?」

「結婚とか……。周りもしだしてるから……」

「ごめん。俺、結婚する気はないよ」

「何、それ」

「美咲だからとかじゃなくて、この先、誰ともするつもりないんだよ。ごめん」

「それって一回失敗してるから?」

「うん」

「たった一回でわからないじゃん」

「たった一回だけどわかるんだよ。だから、付き合う時にも話したよね?俺は、二度と結婚しないけどいいのって……」

「そういうのって付き合っていくうちに変わるもんじゃないの?」

「ごめん」

「もういい。明日、実家に帰るから……。今まで、ありがとう」


美咲は怒って寝室に行ってしまった。

俺は、煙草に火をつける。

44歳で、弁当屋のアルバイトから昨年店長になったばかりだ。

給料は、今の美咲と同じぐらい。

結婚だけならいいけど、子供まで望まれたらやっていけないのがわかってる。

同じ過ちをもう一度繰り返したくはない。

だから、結婚は出来ない。


スマホのギャラリーから、写真を見る。

たまたまお客さんが、あの女の子に渡してあげてと言った写真。

本体は、あの日捨ててしまったけど……。

これだけは、削除出来ないままだ。


「やっぱり、綺麗な顔してる。本当に……」


結婚は二度としない。

そう思っていた俺だったけど……。

たった一人。

繋ぎ止める為にならしてもいいと思った子がいる。

その子の瞳に映り続ける事が出来るなら、結婚してもいいとさえ思った。


「今、幸せか?俺なんかの事、思い出したりしないだろ?」


スマホに映し出されている彼女の輪郭を指でなぞる。

もう一度触れられるなら、死んでもいいとさえ思う。

煙草を灰皿に押し当てて消す。


どうしても会いたかった。

どうしても声が聞きたかった。

なのに、あの日……。


「結婚する事になるかも知れない」


その声は、もう俺なんか好きじゃなかった。

それでも「会いたい」なんて言えなかった。

「幸せになれよ」って言葉を伝えるのが精一杯で……。

その日は、記憶がなくなるまで飲み続けた。

暫く立ち直れなかった。

もう二度と会えないと思ったら、胸が押し潰されそうに苦しくて……。

二度とかかってこないようにって、次の日スマホを解約したんだ。


なのに……。

俺は、馬鹿だよな。

電話帳にまだ番号を入れたままにしてる。

多分、あの子は番号を変えてない。

メールでやり取りした時に、【今の番号が気に入ってる】って言ってたから……。


もしも、番号が変わる事があったら……。

その時は、あの子に何かあったって事だ。

電話帳を開いて名前を指でなぞる。

発信ボタンを押したくても押せない。

結婚してる人に今さら連絡なんて掛けれない。


「陸、これ返すから」

「うん」


美咲が、部屋の鍵を渡してくる。

この香り……。


「香水変えた?」

「えっ、友達がいい匂いだからってつけてくれたの」

「そっか……」

「じゃあ、私寝るから」

「おやすみ」

「おやすみ」


美咲がいなくなった後に、漂う香り。

その香りは、俺をあの日に連れて行く。

その場にゴロンと横になりゆっくりと目を閉じる。

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