桃太郎②

「いやあ桃太郎の世界がこんなド田舎とは」

「よく考えてみろ、おばあさんは川へ洗濯に、おじいさんは山へ柴刈りに、の世界だぞ。都市だったらそれはそれで怖いだろ」

「確かに……」


にしても、まじで何も無いな。視界が家か山なんだけど。ほーんと、現代生まれで良かったわ。


「てか先輩、今物語ってどの辺なんですか?」

「うーん、きびだんご持たされる前日とかなんじゃ……ん?」


多分今回やらなきゃいけないことは主に2つ。

お供の動物の説得と鬼たちへの説得。

その説得がどれだけ時間がかかるかわからないけれど、俺たちは今までの経験で知っている。

こういう話に出てくる人物は皆癖が強い、と。


「時間……なくないか?」

「とりあえず桃太郎の様子、見に行きましょ」

「よし、走れ!」


そして数分後。


桃太郎の住む家へ着いた。

全力で走ったためお互いにぜぇぜぇと肩で息をしながら家の中を覗き込む。

そうっと覗くと男が1人、荷物を纏めていた。あの若い男が桃太郎か。まだまだ子供じゃん。

それなのに鬼退治とか、大層な夢をお持ちで。

先輩は……っと、危ねぇ!

足音がして近くの草むらに隠れる。多分おじいさんかおばあさんのどちらかが帰宅したのだろう。

バレないように再び顔を覗かせ、俺は絶句した。

なんだ、あの若い女は!?

物語に出てこないだけで桃太郎の知り合いだったりするのか。流石に報告しないとまずいよな……。見つからないよう気を配りつつも先輩を探した。


「あっ、いた。おい島崎ちょっとこっち来い!」


俺が先輩を見つけるがいなや、バレないようにか小声で呼びかけられた。

あっちもあっちで伝えたいことができたのだろう。


「ねえさとー先輩、あっちに若い女がいたんすけど!」

「俺が言いたいのもそれだ。この依頼、標準型じゃねえ。草双紙だ」

「……はい?」


草双紙って言えば、えーと、大学の頃習った気が……。あ、あれだ、江戸の娯楽本!

てことはあの女、おばあさんか!?


草双紙の桃太郎は回春型って呼ばれるタイプのお話。回春型だと桃から産まれるんじゃなくて、桃を食べたおじいさんとおばあさんが若返って出産するんだよな。

あー、標準型が有名だからてっきりそっちだと思ってた。

御伽噺って創作されまくりだから稀にこういうことが起きる。まあ、そうは言っても他の流れは同じっぽいし、やることは変わらないけど。


「先輩、草双紙でも流れは変わりませんし、お供の説得行きましょうよ」

「お前やっぱ詳しいな、流石元文学部」

「いぇーい。最初ってイヌでしょ。どっち行けばいいんすか」

「んー。南の方か……?」


なんてゆるい会話を続けながら桃太郎の家を後にした。

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