廻虫(アニサキス)

 ノミミのIFWが即時反応し、同期嚢内のスクリーンが、戦闘態勢にへと切り替わる。鯨はほとんど、虫で出来ている。と、云われるくらいに、極大から極小含めて、億から兆以上の寄生虫が潜伏しており、中でも、寄生主である鯨を守護する為、羽差機と同等か、それ以上の大きさを有する寄生虫らが襲い掛かってくるのだ。


「三十メートル級の廻虫アニサキス? 各機、第一種戦闘配置を! ノミミ、早速、天神府での訓練の成果が試せるかもよ!」


「ったく! 獲った連中共は何やってたんだ!」「文句言うなし、ハツホ! 狩り取った虫糞バグソは、こっちのもんよ! 旨そうな天ぷらにしようぜ!」


「あらあら……これだから、野蛮な賊は困りますわ。すぐ適当に、油へ突っ込もうとする。廻虫アニサキスは、シチューにするのが一番……ですわよね、ホワイト」「……!」


 普段、宿主である鯨が活動を停止した場合、体内に残留している寄生虫は、離散して他の鯨へ移ったり、そのまま、自死を行い活動を停止するものが殆どで、獲ったその時に、捕鯨部隊がマクリと呼ばれる虫下し処理を行う。それから、勝山の艦内に搬送され、駆除部と呼ばれるセクションが、大工房へ搬入される前に、十五段階にも及ぶ寄生虫除去の下処理を行うのだ。以前、ノミミを彫っていた際に襲ってきた繊虫は、この厳重な下処理をわざわざ突破してきたものだった。そういった、しぶとく……まるで、殺された鯨への意趣返しのように襲い掛かってくる虫たちの事を、私たちは真宵虫と呼んでいるのだ。


「大変! あの廻虫アニサキス、弾切れしている羽差機を襲っています!」


 廻虫アニサキスと呼ばれるものは、噛みつく事しか能のない繊虫と違って、吸い出した鯨油を用いた圧縮放射光線……私たちが、銛燈砲ハープーンと呼ぶものと同等の射撃攻撃を行ってくる。


「各機散開し、三角点陣であの廻虫を引き付けて!」


「了解しました!」「りょっ!」


 廻虫アニサキスをロックオンをして、構えた銛燈砲ハープーンを発砲した。ピシュウという独特の冷却音が、同期嚢の中で木霊し、琥珀色のマズルフラッシュが瞬く。どちらかといえば、誘導射撃を行っているので、着弾表記はされず、射撃をしてきたこちら側へ、廻虫アニサキスが頭を突き出しながら向かってきたかと思った、次の瞬間、何発かの閃光を視認した。


「避けて!」と言う間もなく、ノミミがスラスターを一気に吹かして、廻虫アニサキスの砲火を回避する。回避できたことを確認したら、そのまま銛燈砲ハープーンで、撃ち返し続け、流れ弾の被害を抑える為に、なるべく勝山の甲板から離れていく。


「畜生! 何でアタシなんだよ!」


 廻虫アニサキスは、ハツホのケツを気に入ったらしく、執拗に追いかけ回していた。


「落ち着けよ、ハツホ。何の為の、編隊陣エレメントだと思ってるんだ……よっと!」


 慣れた手つきでサイドスラスターを吹かしながら、ハツホの軌道が突如と逸れて、ケイが乗るホワイトの方へと交差したかと思えば、廻虫アニサキスは、ホワイトの後方へと回り、光線の弾幕を浴びせ続けた。


「ちっ、ちょっと! この賊アマ! よくも……私に移しましたわね!」


「オニサーンコチラー、テノナルホウヘー、てか……超ウケる!」


「キィィィッ! お待ちなさい!」


 ホワイトがスラスターを全開にさせ、寄越された廻虫アニサキスを振り切ろうと、縦横無尽に飛び回っていく。ホロデコイなどを後方に撒き散らしながら、廻虫アニサキスを撹乱、翻弄していくその動きは、軍用機らしい回避行動のソレであった。廻虫アニサキスの砲火を避けながら、ほとんど同じタイミングで、逃げている二機から、予測進路の座標データを、こちらに送り付けてきて、私が次に何をするべきなのかを明確に指示してくれた。


「ノミミ、機体のシールドを弱めて、銛燈砲ハープーンへのエネルギーをチャージして」


「え? どうして……」


「いいから……思ったよりも、あの二人と二機……とんでもなく、腕が立つようね。どうして、その腕を仮想空間の唯識機内じゃなくて、実戦で発揮するのは意味が分からないんだけど」


 ハツホとホワイトがスラスターを全開したまま、互いのケツ廻虫アニサキスを移し合いながら、スラスターの軌跡が編み物のように、幾重にも交差しながら大きな弧を描き、やがて、こちらの方へ向かって来る。


「九十六……百……マガジンからチャンバー内への臨界を確認、も……もう、漏れそうです!」


「まだ、撃っちゃダメよ。射撃調整シークエンスを起動、仮想ゼロイン射撃を今すぐ行って」


 限界までチャージさせた銛燈砲ハープーンが、ガタガタと強く振動していて、私は火器管制装置をマニュアルで操作しながら、確実に命中させるように、調整を行い続ける。


「ハッチサマ!」「ハチさん!」

 

 ノゾミとケイが私の名前を同時に叫び、ノミミの両脇をハツホとホワイトが高速で通り過ぎて行く。その後、二機を追いかけてきた、廻虫アニサキスが、鯨油の噴出口が視認できる程の至近距離へ、予測進路の射線に入ったその瞬間に、漏れ出そうな程、エネルギーをパンパンに溜めこんだ銛燈砲ハープーンを、私とノミミは一気に撃ち放ったのだった。

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