宿無し根無し草

「第一、裸エプロンって何よ! そんな恰好を最初に考えたヤツを今すぐにでも宇宙うみに放り出してやりたいわよ! だって、裸にエプロンでしょ? よりにもよって、食欲から一番縁遠い性欲要素を付けやがって! ただでさえメシが不味くなるのに、そのメシそのものが、クソみたいに不味いってどういう了見してんだあのお嬢様はよぉ!」


 ケイの元から……もとい、私の自宅アパートを真里谷の変態令嬢に乗っ取られていて、最寄りの自動販売機で四文小半しもんこなからと呼ばれる勝山では主流となっている銘柄の安酒を買い込み、ノミミの同期嚢の中で、ヤケ酒をキメ込んでいた。


「真里谷ケイさんの奇行や裸エプロンの話は、よく分かりましたが……うっ酒臭い……これから、どうするんですか……ワタシ自身は、羽差機なので駐機場ハンガーであれば、どこでもいいのですが……」


柔殻ソフトシェルだから……その気になれば、その辺の道端で雑魚寝でも全く問題はないけど……流石に、モラル的に駄目か。いっその事、三文の棺桶宿で過ごす事にしようかな……」


「なんですか……その、やたら不吉な名前の宿は……」


「低料金で棺桶みたいな形の、繭器コクーンベッドがズラーって並べてあって、出稼ぎなんかで来ている労働者がそこで一斉に雑魚寝をしているの。一応、セキュリティ保護はされているから、寝込みを襲われる心配はないし、私は二文のハンガー宿でも、全く問題ないんだけどね」


「ハンガー……って、駐機場のではなく?」


「どちらかというと洗濯の方のハンガーよ。シンプルに紐がかけられている部屋に、洗濯物みたいに、こうやって、身体をもたれたまま——」


「駄目です」


「えっ……でも」


「でも、じゃなくて駄目はものは駄目です。他を探しましょう。柔殻ソフトシェルか何か知らないですけど、ワタシの中の乙女心が絶対に駄目と、囁いた気がするんです」


 ノミミの強い反対のせいか、私は安宿を諦めて、彫師は彫師らしく……私の仕事場でもある大工房にて、寝泊りする事となった。ある意味、居住区画よりも強固なセキュリティを施されているので、実際、ここで暮らしている彫師もかなりの数はいたし、ノミミを彫っていた時は、ずっとココにいたのも事実だった。


「どうして……お姉様は、ここで暮らさないのですか?」


「逆に聞くけど、ノミミあなたはずっと分娩室で寝食をしていたいと思う?」


「うっ……それは……」


「まあ、昔の私はそれで構わなかったけど、ツネカが強く反対してね、今さっきのノミミのように……って、アレ……」


 まさか、またか! と、思った。大工房に入るとき、入念なセキュリティチェックに入るのだが、一つのチェック項目が外れていたのだ。いや、再起動し忘れていると言っていいだろう。何千とこのチェックを通っているので、それを見逃すほど、私の目はクサくはなかった。


「ノミミ……戦闘体勢に切り替えて……誰かがココに侵入している」


「まさか、真里谷ケイさん?」


「分からないけど……彼女自身が、ハック&クラックのような芸当が出来るとは思えないからね、私を拉致る為に、金で雇った傭兵の仕業かも……」


「そ、そこまでして……お姉様と結婚しようとする意味は一体……」


「意味なんてないのよ……欲しいと思ったら力ずくでも手に入れようとする、傲慢な企業体のやりそうな事……よね!」


 突然、真上からの警告表記が出て、ノミミを全力で走らせてから、壁を蹴り上げ振り返り、その襲撃者に掴みかかって、各々の関節を締め上げた。どんな、腑抜け野郎かとそのツラを確認してみたら……今日は何というか本当に、天神府で出会った連中と縁がある日だった。


「て、テメエ……奇妙なジュ―ジュツを使いやがって……」


「合機術よ、ハツホ。あんたみたいな、海賊らと戦う為に、生み出された白兵格闘術……羽差機だけではなく、私のような柔殻ソフトシェルである指羽も、体得しているもの……ノミミ、胸を思いっ切り開けて!」


 流石に同じ手は食わない。同期嚢の扉へハックしていたノゾミを扉ごと吹き飛ばして、床に倒れ込んだ神々廻ノゾミに燈銃を向ける。


「アッハ……さっすがは、ハッチサマ……二度は通じないよねー」


「神々廻ノゾミ……今日の私は宿無し根無し草でね、すこぶる機嫌が悪いの。またなんか、サインをねだったり、私の過去を詮索しようとする真似をするなら、迷うことなくあんたを撃つ。どうせ、流天機には登録していなんでしょ?」


「参ったな……ジブン、そんなつもりで来たわけじゃないのにサ」


 ノゾミが制服の懐から、何かを取り出そうとしていたので、銃を構えてみたら、それは古風な紙メディアであり、封筒のようなもので、表には達筆な文字でこう書かれていた。


「す……推薦状?」


「はい……ハッチサマ。改めまして、上級技術彫師である伊波ハチ様……ジブン……神々廻ノゾミを……どうか、あなたの弟子にして頂けないでしょうか?」


 そう言って、ノゾミが元海賊とは思えない程の、綺麗なフォームの土下座を私に向かって、頭を思い切り深々と下げたのだった。

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