帰宅

 風呂から上がり、私はノミミのまだ乾いていない髪装をドライヤークレーンを遠隔操作して、そのついでに、ノミミの肩に座りながら、私自身の身体と髪もついでに乾かしていた。


「それにしても驚きました……ココが宇宙艦だと忘れるぐらいの、多数の羽差機を一気に洗浄できる豊富な湯量だったのですが、あれ程までの水資源はどこから供給されているのでしょうか?」


「それは、夜叉ヶ池と呼ばれる勝山の貯水池槽からよ。池といっても、このクラスの勢子艦では最大クラスのもので、湖と呼んでもいいくらいの広さを持っているの」


「湖……海とは違うものだという事はよく分かりますが……ワタシの検索データだけでは、あまりイメージ出来ません……」


「百聞は一見にしかず、ってね。今度連れて行ってあげるわよ。そこには水族館施設もあって、惑星コロニー程の規模じゃないけど、本物の生きた海洋、淡水生物なんかが、養殖されているの」


「本当ですか? ワタシ、サメというものを見てみたいです!」


「さ、流石に……サメはちょっといないかな……私も本物は見てみたいけどね」


 大機浴場からノミミと私の身体を乾かして外に出てみると、今後の授業のカリキュラム予定や、天神府での規則などを載せた学生証などのダウンロードが始まり、そのまま、久留里教官から帰宅許可が出される。予定を見る限り、本格的な授業は、明日からみっちりと行うという事だった。


 今までの出来事のせいか、私とノミミは若干フラフラとしながら、天神府から牽引光線トラクタービームに引っ張られて、居住区画に戻ろうとしていた。


「なんだか……今日は酷く疲れましたね……」


「私も……ノミミ。今はとっとと家に帰って、何か腹一杯、食べたい気分だね」


「わあ! じゃあ、お姉様が何か料理を作ってくれるんですか?」


「もちろん、何がいい? 今日はせっかくの天神府への入学記念日だし、奮発するわよ」


「そ……それじゃあ、ワタシ……アレが食べたいです……その、ケーキというものを!」


「ケーキねぇ……本格的なヤツじゃないけど、パンケーキでもいい?」


「はい! 是非、是非!」


 多少値は張るが、せっかくのノミミの記念日だ。レプリケーターではなく、なるべく天然の素材でパンケーキを作る為、店舗区画で材料を買い込んでから、居住区画の駐機場ハンガーに戻ってみると、見覚えのある羽差機が停まっているのを見かけた。


「あれは……真里谷……ホワイトさんじゃないでしょうか?」


「そうね……中身も一緒に、出ていってるみたいだし、どうせ、高級旅館にでも……ってアレ?」


「どうしたんですか?」


「いや……それこそ高級宿泊施設とかだったら、もっとセキュリティが充実している専用の駐機場ハンガーとかに停める筈なんだけど……」


「単に間違えただけでは?」


 嫌な予感がしたし、私のこういう場合の予感はよく当たるものだった。ノミミの言う通り、ケイの間違いではないかとフワフワと思いながら、アパートへ帰宅して、鍵を差し込んでみたら……。


「……アレ? なんか……使えない……」


 何度も合鍵ブランクキーを鍵穴に差し込んでも、何も反応が無かったのだ。アパートのセキュリティに何か更新でも行われたのかと思って、居住区画の担当者に連絡を入れてみようと思った矢先だった……。


「おかえりなさい、伊波ハチ様! 夕飯の準備が出来ております! よろしかったら……浴場に入ったばかりだと思いますが、こちらの洗い場の湯も張りましたので……もしも……もし、よろしければ私と一緒に――」


 思わず私は、開け放たれた自宅の入口ドアを思いっ切り閉めた。今さっき目撃したもののショックが大き過ぎて、状況把握が追いつかず、思考停止になってから、ようやくノミミに顔を向けて、「今の見た?」と問いかけた。ノミミも私と同じように、かなり動揺しているらしく、アバターホログラムが乱れていて、二次元の簡易的なアニメーションにへと置換されていた。


「……ど、ど、ど、どうしてっ! ま、真里谷……ケ、ケイさんが……は、はだっ、裸エプロン? 姿で、お姉様の自宅にいるんですかぁ!?」

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