青春破綻者たちの事件簿【解決編②】

 不審がる纐纈さんに応えるように、ミノがゆっくりと口を開いた。

「ただ騒ぎを起こしたかっただけなら、別に青春破綻者なんて単語を使う必要はないわ。どうしても印象に残るフレーズを使いたかったのだとしても、そんなの自分で生み出せばいいだけ。五月に一回だけ纐纈がパソコンに打ち込んだ言葉をいちいち引用したのには、何かしらのがありそうよね」

 纐纈さんが首を捻った。

「作為たって……さっき桂川さんが自分で言ってたんじゃん。犯人だと確定しかねないから青春破綻者なんて単語は使うわけないって」

「それは単語のソース元があたしたちの奴らの場合よ。ソース元が纐纈の陣内には当てはまらない」

「あ、そうか。そうなの……?」

 理解が追いついていないのか顔をしかめる纐纈さん。やれやれ、ここいらで私も口を挟んでおきますか。

「私たちはもちろん他の誰も陣内さんに青春破綻者という単語を教えていないので、陣内さんからしたら言葉の創造主は纐纈さんになるんですよ。本来、この件に私たちが絡んでくることは完全に予想外だったんです」

 ミノが引き継ぎ、

「それを踏まえて考えると、陣内の中では、纐纈が新聞部員の中に犯人がいると気づくことが計算のうちだったんでしょうね」

「な、なるほど……。いや、それあんまり変わらなくない? 犯人が自分と確定しかねないことと、容疑者の一人になることって」

「大分違うわよ。犯人だと確定してしまったらそこで物語終了だけど、容疑者が自分含めて何人かいるという確証があるなら、犯人に辿り着くために推理と調査という物語が必要になってくる。そして、その物語こそが陣内の狙いだったとしたら?」

 纐纈さんが今一度陣内さんに目を向けた。いつもの冷静沈着な無表情から一変、彼女は冷や汗を垂らしながら感情を抑えるのに必死になっているようだ。視線を床に固定して拳を固く握り締めている。

「アスマ。紙を開きなさい」

「はーい」

 指示に従い、先ほど押し付けられた告発書を両手で広げた。……いや、さっきなんで渡してきたの?

「纐纈は都合が良すぎるとは思わなかった? 

「え、単純に桂川さんが凄いなあ、としか……」

 ミノは小さくため息を吐いた。

「柘植が先にどっちと付き合っていたかなんて、本来ならまったく必要ない情報じゃない。二股をかけていたことが重要なんだもの。おそらくこれは陣内がわざと書いたのね」

「な、何のために……?」

 ミノの言っていることが飲み込めないのか、纐纈さんはぽかんと口を開くことしかできていない。

「ここに疑問を抱ければ、あのラブレターの一件をもう一度調べる気になるかもしれない。柘植と夏目、蕨野の同じ役者三人が揃った珍事よ。何かあると推測するのはおかしなことじゃない。そこからあのラブレターの謎を解くことができれば、犯人は陣内とわかったも同然……」

 美味しいところをもらうことにしよう。

「つまりこれは、と、こういうことですよ」

「結果としては青春破綻者はそもそも纐纈のオリジナル造語じゃなかったし、纐纈がポンコツ過ぎて新聞部員を疑うこともなかったのだけどね」

 ミノが馬鹿にするように肩をすくめたが、纐纈はんはもう今度こそ脳の情報処理が間に合っていないようだった。眼鏡がズレているにも関わらず口をあんぐりと開けたまま正そうともしない。

 纐纈さんはやがて弾かれたように陣内さんに近寄った。

「今の話、ほんとのなの美織ちゃん!?」

 纐纈さんが両肩を掴んで揺する。陣内さんはだらりと後ろに倒れそうになり、そのまま纐纈さんに支えられる。

 陣内さんが力のない目をこちらに向けてきた。

「お二人が調べているとわかった段階で諦めてはいましたけど、まさかそこまで見破られるとは……。本当に名探偵ですね」

 いや違うけどね?

 呆気なく自白した陣内さんに、纐纈さんが苦々しい顔になった。

「いやいや……何だってそんなことを? 意味わかんないってば」

 ぶっちゃけ私もそこのところはわかっていない。なんか、気でも触れてしまったのかも……。

「……だって怜奈さん、この前言ってたじゃないですか」

 陣内さんは悄然と俯きながら悪戯がバレた子供のように言う。

「図書室の事件が解決した後、自分も探偵役になって謎を解き明かしたいって……。だから私は今回の一件を起こしたんです」

 そういえば、そんなような会話はあったけどさ……。え、まさか、あんな軽口からこんなことやったの? 行動力の化身じゃん。すっげー。

 私とミノは呆れて物も言えなくなっていたけれど、纐纈さんはため息を吐きながらもズレていた眼鏡を直して真剣な表情で陣内さんと向き合った。

「私を探偵役にしたかったのはわかったよ。けど、だからって自分が犯人になる必要はなかったよね? 美織ちゃんがやったことを悪事とまでは思わないけど、大々的に人の秘密を公表するような子だって周りに知られたら、これまでの人間関係は崩壊するよ。それをわかった上でやったの?」

 陣内さんは即座に頷いた。

「はい! でも、それで怜奈さんが輝けるならどうでもよかったんです」

「あんたも青春破綻者ってわけね。仕方のない奴」

 ミノが吐き捨てるように言った。確かに、陣内さんはそれなりに面白おかしく学園生活を満喫していただろうに、それを自分から手放そうとしていたのだ。

 纐纈さんは頭を抱える。

「いや、どうしてそんなに私に心酔してくれてるのかわかんないけど、全然よくないし仕方なくもないって。他人のために自分の青春を消費しようだなんて……」

 お、纐纈さんまで青春という言葉を変な使い方してる。意味は何となくわかるけども。

 纐纈さんは聞き分けのない生徒に教師が説教するように指を一本立て、

「私だけが輝いたって意味ないでしょ? みんなが楽しくないと。美織ちゃんも含めてね。それが青春ってものでしょ?」

「私はそれが楽しいんです。みんなも怜奈さんの格好いいところを見れて楽しいはずです」

 陣内さんは真顔でそう答えた。

「だからそういうことじゃなくてさ……」

 頭を抱えた纐纈さんは肩をすくめると、真っ直ぐに陣内さんを見据える。

「ただ各々が楽しければいいってことじゃない。みんなと同じものを見て、同じ時間を過ごして、同じことに泣いて笑って怒りたいってこと。もちろんみんながみんなそんな風に同じ方を向いているかなんてわからないけど、それでも、きっと同じなんだなって……そう思うものなんだよ、青春ってさ。だからこそ、一人でも自分たちと違う方を向いている子がいると知っちゃったら、もう看過できない。知らん顔して青春を送ることなんてできなくなっちゃうの」

 陣内さんの眠たげな目が見開かれた。……何を言っているのかはちょっとよくわからないけど、なんか良いこと言ってる気がする。

 纐纈さんは微笑む。

「私は美織ちゃんとも同じ方を向いていたい。だからもうこんな変なこと、しちゃ駄目だよ?」

 その柔らかな忠告に陣内さんは涙目でこくりと頷いた。……おー。なんか良い感じにまとめちゃったよ。纐纈さんやるじゃん。この人のことを年上として初めて凄いと思ったかも。学校の先輩ならぬ人生の先輩をやってるね。

 纐纈さんは小柄な陣内さんの頭にぽんぽんと手を乗せた。

「とりあえず無駄に嫌な思いをさせた夏目さんと蕨野さんには絶対謝らなきゃね。柘植君には……まあいいかな」

 狛人くんは俺にも謝れ的なことを言っていたけど、彼に頼まれたミノさんが無反応なので私がそれを強要することはないかな。

「神谷先生と望月さんには……うーん、こっちも洒落にならないトラブルになりそうだから、謝らないでいいか」

 青い顔で想像する纐纈さんだったが、陣内さんは真顔で言う。

「あ、それなんですけど、今日の分の貼り紙については私は何もしていません。私がやったのは昨日のだけです」

「え、そうなの!?」

 纐纈さんがどういうことだとばかりにこちらを見てきた。ミノが肩をすくめ、

「昨日のあれを受けての模倣犯ってことでしょうね。青春破綻者という単語は昨日の時点で既出になったし、誰にでも犯行は可能よ。犯人を探すのは不可能だと思うわ」

「そっかあ……。え、ほんとに美織ちゃんじゃないの?」

 陣内さんはこくこくと頷いた。

 二人はとりあえず隣の図書室にいる蕨野さんに謝罪にいくということで、私たちはこれで別れることになった。


       ◇◆◇


 私とミノは昇降口を目指して階段を降りていた。犯人を指摘したら直帰できるようにバッグを持っていたので、部室へ戻る必要はないのだ。

 気がつけば五時も近い。だけどもやっぱり陽は高いので、どうにも夕方という感覚が薄くなる。この時期は暑さもあって眠気もあまり感じない。

 襟を摘んでパタパタしながら一階まで降りる。そのまま二人で渡り廊下へと向かった。この時間にもなると大半の文化部は帰宅しているためとっても静か。

 ふと思い出したことがあって、私は口を開いた。

「陣内さんを追い詰めてるときは口を挟まなかったんだけどさ、ミノの推理って一部ロジックが不成立だよね」

 ミノがちらりと目を向けてきた。

「どこのこと?」

「私とミノが犯人じゃないことの証明部分。私たちが青春破綻者という単語を使うと、単語を教えたことのある人たちからこぞって疑われるから〜……って話だったけど、ぶっちゃけ私たちってそんなこと気にするタイプじゃないじゃん?」

 ミノは疑われる度に苛立っていたけれど、あれだって鬱陶しかったからつっこんでいただけだろう。だって、狛人くんの二股の共犯扱いされたことはスルーしていたし。それは事実だからかもだけど。

「私たちは常に容疑者の圏内にいたからさ。ちょっと気になっちゃうなー……って」

 ミノはつまらなさそうに嘆息して、

「そうね。あたしたちを容疑者から除外する推理が思い浮かばなかったから、ああいう形になったわ。一般論としてはおかしくないから、あたしたちと付き合いが殆どない陣内相手なら押し通せると判断したの」

 ひょっとしたら纐纈さんには不審に思われたかもしれないね。つっこまれていたらちょっと危なかった。

「私たちの無実を証明する方法なら他にちゃんとあったじゃん。そっちでいけばよかったのに」

 呆れながら言うと、ミノは眉をひそめてきた。

「そんな方法あるの?」

「まったまたー。私が気づいててミノが気づいてないわけ……あ、そうか」

 納得してポンと手を打った。

「その場合、ミノは自分が模倣犯だとバラさなきゃいけないから嫌だったんだ?」

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