園芸部の青春

 あたしはアスマの首根っこを掴んで強引に引っ張りながら昇降口までやってきた。二人で靴を履き替えて外へ出る。園芸部の部室には誰もいなかったので、夏目が帰っていないとしたら外で花壇の手入れをしているはずなのだ。

 花壇のある場所を片っ端から回ろうと思っていたが、昇降口を出てすぐに夏目は見つかった。校門の傍にある花壇の前で、一人座り込んで雑草を引っこ抜いている。どこか哀愁漂う姿だ。

 アスマを引っ張って近づき、遠慮なく声をかける。

「夏目。ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

 突然声をかけられて驚いたのか、夏目はびくっと肩を震わせて振り向いてきた。

「桂川さんに遊間さん……?」

 彼女的に意外な人物だったのか、夏目は訝しげに眉をひそめて立ち上がる。

「どうかしたの?」

「例の紙をばら撒いた犯人を探してるの。協力しなさい」

 昨日のことを思い出したのか夏目の表情が苦々しいものに変わった。あまり触れてくれるなと訴えてくる。もちろん気にしないが。

「別に、犯人に心当たりとかはないよ……?」

「麻騒動のとき、青春破綻者という単語をあんたの前で言ったわよね。誰かに教えたりはしなかった?」

 夏目が目を見開いてはっと息を飲んだ。何か思い当たる節でもあるのかと思ったら、

「そういえばあの言葉、桂川さんの造語って……。もしかして──」

「だからこっちは犯人を探してると言ってるわよね会話の流れから察しなさいよめんどくさい」

 何番煎じかももう数えていないやり取りに、つい早口でまくし立ててしまった。

「そ、そんなに怒らなくても……」

 怯えられたのか、夏目が半歩後ろに退いた。隣でアスマが気の抜けた笑みを浮かべ、

「昨日からの天丼ネタに辟易してるみたいだから、大目に見てあげて?」

「は、はあ……」

 夏目はこのフォローに納得いっていないようだが、もうなんでもいい。

「それで、誰かに教えたの? 教えてなさそうだけど」

「うん。教えてないよ。あれが桂川さんから聞いたことも今思い出したくらいだし」

 夏目からも容疑者は派生しないわけだ。

「あんたは自分が柘植と付き合っていたことを本当に誰にも話していなかったの?」

「うん……。もともと秘密にしようって言い出したのは私だったから、言うわけないよ」

 そうだったのね……。ともすれば怪しまれかねない提案なので、柘植からしたらしめしめと思ったことだろう。なかなかに哀れな女だ。

「望月と神谷の関係については知ってた?」

 夏目は勢いよく首を横に振った。

「まさか! 知るわけないって。そもそも望月さんを知らないもん」

 今年の四月に転校してきたのだから無理もないか。

 これ以上は特に訊きたいこともないので、蕨野のもとへ向かおうと身を翻す。すると、アスマが辺りをきょろきょろしていることに気がついた。彼女は夏目に目をとめて首を傾げ、

「他の園芸部の人たちはどうしたの? えっと……悪子さんとか、悪子さんとか、悪子さんとか」

「誰よそれは」

 いや、こいつの思考回路は予想ができる。たぶん園芸部の誰かに心の中で悪子というあだ名をつけていて、全員の名前を忘れてあだ名だけが脳に残ったのだろう。

 夏目はしゅんと肩を落とし、やや自嘲するように笑った。やや気まずそうに口を開く。

「うーん……何というか、結局みんなとぎこちない雰囲気になっちゃって……」

「細部までは憶えてないけど、私たち結構いい感じに別れたよね?」

 アスマは何をやっているのかとばかりにやれやれと肩をすくめた。……一応、その後に上手くいくわけないという話も二人でしたはずだけれどね。

 夏目は俯きながら肩を落とした。

「現実は甘くないってことで……。舞と真宵は退部して別の部活に入っちゃったし」

「あ、たぶんその真宵さんが悪子さんだったはず」

 確かに、あいつはちょっと感じが悪かったわね。どうでもいいが。

「やっぱり青春破綻者になったら、もうどうしようもないということなのかしらね」

 何の気なしに呟くと、夏目は控えめながらも笑顔を浮かべ、

「それでも、ちゃんとコミュニケーションを取ろうと頑張ってるんだ。前みたいにみんなで笑える日はこないかもしれないし、みんなからしたら傍迷惑なだけかもだけど、私はみんなといるときが一番楽しいからさ」

「空回りの一人相撲になりかねないわよ」

 つい嫌味を言ってしまう。……しかし夏目は今度こそはっきりとした笑顔を浮かべた。強い決意が感じられる表情だった。

「例えそうだとしても、折れてやるつもりはないから。私がみんなと一緒にいたいから。嫌われたってやめてやらない。いつか前みたいにみんなで笑える日までね」

 人の顔を見てここまで眩しいと感じたのは生まれて初めてかもしれない。

 そういえば、あいつらとまだ友達でいたいなら……、みたいなことを言ったのはあたしだったわね。仮にあたしがこいつと同じ状況になったとして、彼女と同じことができるかというと無理な気がする。

 この会話のきっかけを作ったアスマはというと、ぬぼっとした顔で花壇に植えられた花を見ていた。

「いくわよ、アスマ」

「はーい」

 二人で向けて昇降口へ戻ろうとした。すると背後から夏目が思い出したように声をかけてくる。

「あ、ちょっと待って!」

 アスマとともに振り返る。夏目は先ほどの笑顔から一転して気まずそうな表情を見せてきた。

「あのさ、二人は狛人が二股かけてること……もしかして知ってた?」

「ええ」

「知ってたよ」

 同時に頷くと、夏目は複雑そうに顔をしかめ、

「酷いよ、二人とも……」

 涙目になられた。

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