我が家

 アスマとともに昇降口を抜けて外へ出たときには時刻は七時を回っていた。陽は落ちており、曇り空も相まって空は薄暗く染まっている。

 しかし静けさは皆無で、警察関係者があちこち叫びながら駆け回っていた。駐車場の方からは何台ものパトカーの赤いランプが点灯しているのが目につく。校門には規制線が張られ、野次馬や報道陣がわーきゃー騒いでいる。事件発覚から二時間も経っていないのにこの様とは……。まあ一年に何件も殺人事件が起こった学校なんて、マスコミから睨まれて然るべきか。

 アスマは何一つ気にすることなく校門へ向かっていく。仕方がないのであたしも続いた。

 規制線を潜り抜けるとマスコミの数人がインタビューを求めてきたが、彼ら彼女らに一瞥たりともやらないアスマに習ってあたしもガン無視を決め込んだ。坂を下って歩道橋まで差し掛かると、もう追ってくる者はいなかった。

 何の会話もなしに歩いていると、住居であるアパートが見えてきた。スクールバッグから鍵を取り出して右手で弄ぶ。

「あ……」

 珍しくアスマが立ち止まった。あたしは振り返り、

「どうかした?」

「ぽつんときた」

 両手のひらを空に向けて上を見上げるアスマ。あたしも釣られて曇った夜空を見上げると、頬に冷たい水滴が落ちてきた。その直後、雲から大粒の雨が一気に降り注いでくる。世界が雨音に包まれた。一瞬でびしょ濡れになる女子高生二人……。

「折りたたみ傘は?」

 一応尋ねておいた。即答だった。

「あるわけもない」

うち、寄ってく?」

「寄ってく……」


       ◇◆◇


 シャワーを浴びてティーシャツとショートパンツに着替えた。濡れたセーラー服をアスマのも合わせて乾燥機に突っ込む。乾燥機をこういう制服に使ってもいいのか知らないが、高いやつだしたぶん大丈夫だろう。

 私はタオルで髪を拭きながらリビングに入る。ジャージ姿のアスマが濡れた長い髪を乾かしもせず、ソファに座ってバラエティ番組を見ていた。あたしに気づいたアスマがこちらに首を向けてくる。

 一人暮らしを初めて一年以上。初めて部屋に他人を入れた。その相手がまさかアスマとは……と、驚くほど意外な人物でもないか。

 アスマはリビングをきょろきょろと見回しながら、

「一人暮らしってのもなかなか静かでいいものですな。実際にしたら私は二日で餓死すると思うけど」

「人間、飲まず食わずでも三日は生きられるわよ。水だけでも数週間は保つ」

「私の身体って貧弱だからさ」

「あんたは赤ちゃんか何かなの?」

「ばぶばぶぅ。……あ、ふざけすぎました」

 キモすぎたのでソファに置いてあったクッションで引っ叩いてやろうと思ったが、先に謝られてしまった。

「それで、制服はどのくらいで乾くの?」

「一時間以上二時間以内くらい」

 床にクッションを敷いて座ると、背の低いテーブルに置いていたスマホを手に取る。

 アスマはため息とともに身体を反らして天井を仰いだ。

「結構かかるなあ。明日はどうせ事件の影響で学校休みだろうから、傘借りて帰ろうかな。制服は面倒だけど明日取りにくるよ」

「傘一本しかないから駄目。天気予報によると明日も朝から雨降るみたいだから、買い物に出られなくなる」

「朝一番に傘返しにくるからさ」

「あんた、休みの日は何時まで寝てるの?」

「正午以降まで」

「よく朝一番なんて単語吐けたわね。却下よ」

「じゃあ二人で傘使って私の家までいって、ミノが傘持って帰るって寸法で」

「一人で帰って自分の傘持参して返しにきなさいよ」

「それはほら、面倒だし」

「あんたの案だとあたしが面倒なのよ」

「ミノはわがままだなあ」

「あんたも大概だから」

 アスマがごろりとソファの上に寝転がった。着ているのがあたしのジャージなので、サイズの問題で身じろぎするたびにほっそりした腹部が露出している。……湿った髪のまま人のソファで寝るな。

「電話貸すから家に連絡しなさいよ。迎えを呼べば万事解決よ」

「家の電話番号忘れちゃったんだよね。だから心配かけないように早く帰らなきゃ」

「思い出しなさいよ。思い出そうと思えば大抵のことは思い出せるんでしょう?」

「そうなんだけど、電話番号って怖いじゃん? 間違え電話かけちゃったらまずいし」

 呆れてため息が漏れてしまった。とはいえ、いつもは無理やり帰るのを引き止めているし、往復する手間くらい譲歩してやろうと思ったそのとき、アスマの細い腹からぐぅ~という情けない音が鳴り響いた。

「ごめん。お腹空いたからなんか食べさせてほし──痛っ!」

 スリッパで頭をしばいてやった。

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