事情聴取②

「時系列順に話を聞いた方がわかりやすいんだろうが、教頭先生曰く和田一真は隣の市にある自宅に帰ってしまっていたようだ。佐川茉莉花も帰宅していたが、家が近所だったからお前の指示に従って学校に呼び戻したらしい。今は応接室にいるらしい」

 階段へと向かう明月の後ろに続く。

「南棟一階の調理室準備室に石田モモがいる。一番近いしそこからだな。彼女は料理研究会に所属していて、お前らが遺体を発見したときもまだ学校にいた」

 一階まで降りた私たちは渡り廊下を通って調理準備室へと歩を進める。扉の前に制服姿の警察官が立っており、あたしたちに気づいて敬礼をした。明月も軽く会釈を返す。

 明月がノックして引き戸を開けると、中から涼しい風が吹いてきた。調理準備室は通常の教室の約半分ほどの面積の部屋で、中央に席をいくつかくっつけて長テーブルのような形にしていた。そこに三人の女子生徒が不安そうに座っている。

「県警の明月です。石田モモさんは?」

「あ、私です……」

 手を上げたのは一番奥にいた細身でポニーテールの女子だった。普段は明るそうだが、状況が状況だけに表情が緊張で強張っている。他の二人は料理研究会の部員といったところか。

 あたしとアスマは場の三人から「誰?」という目を向けられる。しかしあたしたちはもちろん、明月も説明はしなかった。

「事情は聞いていると思うけど、図書室で良雪千紗さんが遺体で発見された。今日、図書室を利用したというのは間違いないかな?」

「は、はい。でも、何もやってないです……!」

「良雪さんのことは知っていたかい?」

「同じ中学で、クラスメイトにもなったことあります。でも、別に仲は良くありませんでした。……あ、仲が悪いということではなくて、お互い無関心ということです!」

 変に疑われたくないからか訊いていないことまで説明してくれる。

「ふむ。じゃあ、今日の放課後……図書室に向かった前後のことを教えてくれるかな?」

「は、はい。えっと、四時頃から他の部員のみんなとここで部活をしていて、新しいメニューに挑戦したいと思って四時半ちょっと前に図書室へ向かいました。料理の載っている雑誌があるのは知っていたので……」

 あたしも何回か借りている。結構、多いのよね。

 不意にアスマがふらっと動き出した。話している石田のすぐ後ろ……エアコンの正面に移動して風を占有したのだ。それどころか勝手に設定温度を一度下げた。エアコンが死にそうな呻き声のような音を発し始める。部屋は十分涼しいと思うが、暑がりの彼女は物足りないらしい。

 若干呆れていた明月だが、すぐに気を取り直した。

「そのときの持ち物は?」

「あ、えっと、ハンカチとスマートフォンと……」

 石田が慌てた様子でポケットを漁り、淡いピンクのハンカチとあたしの機種よりもやや小ぶりなスマホを取り出して机に置いた。それからエナメルバッグの外ポケットから二つ折りで手のひらサイズの財布を取り出す。

「本を借りるのに学生証が必要なので財布をポケットに入れていきました。これは他の部員も見てた……よね?」

 他の二人がこくりと頷いた。訊けば、五時半の段階ではこの三人だけだったが、その当時はさらに三人いたらしい。

「じゃあ、図書室に入ってからの行動と見たものを教えてほしい」

「図書委員の蕨野さんがイヤホンをつけて勉強しているのを見ました。私は裏庭側の壁にある雑誌類の置かれた本棚に向かって、良いメニューが載っている雑誌がないか探したんです。クーラーが肌寒かったので早めに戻ろうと思って、大体十分かからないくらいの時間で雑誌を決めました。蕨野さんが音楽を止めて対応してくれて、それで図書室から出ました」

「スキップしてたんだっけ?」

 突然のアスマの言葉に石田が驚いたように真後ろを向いた。

「う、うん……。新しい料理が作れると思ったらウキウキして。……ただ──」

「ただ?」

 言葉を濁した石田に明月が注目する。彼女はやや恥ずかしそうに顔を伏せ、

「北棟を一階まで降りたところで十分ほどトイレにいきました……。部室に戻ったのはその後です」

 部員二人も石田が帰ってくるのが遅かったことを認めた。

「今の話を踏まえると、石田は図書室にいる良雪の存在すら認知していなかったってことでいいのかしら?」

 明月を先回りしたあたしの質問に石田はこくりと頷く。彼女への聞き込みはこれで終了した。

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