もっとやべーもの
私たちは体育館から離れていく。進行方向的には南棟と北棟の方だろうか。
異常なまでに静かな校舎を尻目に私たちは学校の敷地内を闊歩する。先生に見つかったら怒られちゃいそうだなあ、とか思いつつ、事情が読めなくてつい尋ねてしまう。
「何をする気なの、ミノ? 情報が少なすぎて二人で考えてもわかることなんてないよ」
「その情報を探すのよ」
「探すって……どこを?」
「学校の目立たないところ」
「言ってる意味がわからないんだけど……」
私たちは南棟と北棟の裏にあたる裏庭までやってきた。校舎とフェンスに囲まれた物静かなスポットである。普段から人は少ないところなんだけど、それはそれとしてもう四時半を過ぎて生徒はみんな帰っているためひとけは皆無だ。
ミノは裏庭をあちこち見回しながら進んでいく。仕方がないので後を付いていくと、立ち止まったミノにぶつかった。彼女はフェンス側にある木と植え込みの方をじっと見つめている。私もそちらを見た。
「あ……」
反射的に声が漏れてしまう。ミノの視線の先……木陰にある植え込みの後ろに麻らしき植物が生えていた。時間の問題か生育環境の違いからか、花壇のものよりサイズは小さい。
私たちは新たに発見した麻のもとへ向かう。
「なんでここにもう一本あるってわかったの? 知ってた?」
「知らないわよ。ただ、学校にある麻があれ一本だと考える道理もないでしょう? まさかこんなにすぐ見つかるとは思わなかったけれど」
ミノはしゃがみ込んで麻の周りの土に触れる。そして茎を持って軽く引っ張った。
「花壇の土は黒かったからわかりにくかったけど、これを見る限り、ある程度育てた麻をここに植え替えたってわけじゃなさそうね。根もしっかり張ってる」
確かに掘られたような痕跡は見受けられない。これを植えた誰かさんは種や若い芽のうちから麻を育てたってことかな。変なの。
「もっと探すわよ」
頷きはしないけど、どうせ逃げられないのでミノについていく。次に向かったのは学校の隅にあるもう何年も使われてなさそうな焼却炉だった。立入禁止のロープを無視して中に入ると、古びた焼却炉の裏手にて三本目の麻を発見した。こちらも植え替えられた痕跡はなさそうだ。
ミノが満足げに頷いた。
「犯人は、まず間違いなく学校の目立たないポイントに絞って麻を生育していたようね」
とんだ物好きがいたものだなあ。
「四ツ高に大麻でも流行らせるつもりだったのかな」
「なら別に学校の敷地内で育てる必要はないでしょう」
「それは、ほら……地場産だから安く済むとか」
「違法とされてるものを安く売ってどうするのよ。……そもそも、自生してる大麻は成分量の違いからあんまりキマらないらしいわ」
じゃあ、ますます何のために植えたのかがわからない。私はロープを跨いで焼却炉から出る。
「これが単なる悪戯なら推理の余地もなさそうだね」
ミノは犯人の目的から推理を展開しようとしているようだけど、目的と呼べるほどのものがなかったらどうしようもない。
ミノがまた歩き出したのでとぼとぼとついていく。
「あたしは悪戯の線は薄いと思ってる。悪戯って、要は騒ぎを起こしてにやにやしたいってことよね。だったら目立たない場所じゃなくて、もっと人目につくところに植えるはずよ」
「それは確かに。でも麻はほっとけば二メートルを超えるんでしょ? そのうち誰かが気づくんじゃない? ……いやまあ、だからって目立つように植えない理由はないんだけど」
「でしょう? そもそも自分のいないところで麻が発見されて処分される可能性がある以上、騒ぎを見たいという目的ではないのよ。騒ぎを起こすだけなら秘密裏に育てていた麻を日中の学校にばら撒いておけばいい」
「悪戯ではなさそうっていうのはわかったよ。でもさ、自分の知らないところで麻を処分される可能性はどの仮説にもついて回るよね。目立たないところに植えてる辺り、隠したいって意思はある気がするけど」
ミノは顎に手を添えながら頷き、
「そうね。けどその割にはいくつも植えて発見されるリスクを増やしてる。何か目的はあるにしても、必ずしも成就させたいわけではないのかもしれないわ」
「犯人にとっては、上手くいったらいいな、くらいの計画ってこと?」
「ええ。いずれにしても麻なんか使う計画なんて、ろくなものじゃないでしょうね」
それはそうだろうねという気はする。
私たちが次に訪れたのは駐車場だった。五時半前であるため、教師陣の車はまだ残っている。駐車場は人通りこそ多いものの、車を停めたらあちこち見回す者は少ないだろうというミノの読みだ。
ここもビンゴだった。駐車場の隅っこにある植え込みの裏に麻らしき植物を発見した。麻らしき、というのはまだ近くで見れていないからだ。じゃあなんで近づけないかというと、すぐ傍に駐車されている車の後部座席で二人の男女が抱き合いながらがっつりねっとりキスを交わしているからです。しかも半袖のセーラー服を着た女子生徒と半袖の白シャツを着た男性教師。
私たちは別の車の影に隠れてフロントガラス越しに二人のまぐわいを堪能している。
「ああいうのって本当にあるんだね。えっちだなあ。しかもあれって、いつもプリプリ怒ってる生徒指導の先生じゃない?」
「
望月さんというらしい女子生徒をよくよく観察してみる。……どこかで見たような? あ。
「中心人物さんじゃん。リーダー気質で品行方正な子かと思ってたけど、なかなかやりますな」
「面倒事はごめんだし、引き返すわよ。奥にあるあれは麻と見て間違いないでしょうし」
二人から背を向けて去っていくミノに、私は首を傾げて問いかける。
「あれ、写真とか撮らないの? 醜聞コレクションに加えようよ」
「必要ないわ」
「え、醜聞コレクションやめちゃったの?」
ミノは立ち止まると呆れたような顔で振り返り、
「いつもいじるくせに、やめてほしくないみたいに言うわね」
「いじれなくなるからやめてほしくないの」
「本当にやめてやろうかしら」
前に向き直ったミノが吐き捨てるように言うのだった。
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