やべー花壇

 四時半が近づいてきた。私は伸びをしながら上体を起こした。やはりというか、この程度の睡眠では物足りなさがある。

 ミノの方は勉強道具一式を片付けている最中だった。佐渡原先生は部室をあとにしているようだ。

 ミノがバッグに全ての道具を突っ込んだところで、スマホの通話を促す着信音が鳴り響いた。私はスマホを持ち歩かない主義なので、間違いなくミノのものだろう。彼女はポケットからスマホを取り出すと、訝しげに目を細めた。

「柘植……? なんであいつから……?」

「それ誰だっけ?」

 何の気なしに尋ねると、今日二回目のアンビリバボーな眼差しを向けられた。

「あんたの幼なじみよ」

「あ、狛人くんか。苗字で呼ばないからわからなかったよ。連絡先交換してたんだね」

「いざってとき使いっ走りにできるかと思ったのよ。握った醜聞は利用しない主義だけど、あいつなまあいいかと思って。……もしもし。何か用?」

『桂川さん、今って流石にもう学校にはいないよな?』

 スピーカーモードらしく狛人くんの声が私にも届く。ミノは眉をひそめ、

「いえ、まだいるわよ、部室に。アスマもね」

『お、まじか。じゃあ香薇が二人に頼み事があるらしいから、体育館裏にある花壇に向かってくれないか?』

「はあ? それどういう──」

『んじゃあそういうことでよろしく!』

 通話終了。ミノは苛立たしげにスマホの画面を睨みつけている。……なんというか、

「逆に使いっ走りにされてない?」

「二股バラしてやろうかしら」

 なかなか恨みのこもった声音だった。


       ◇◆◇


 普通なら無視安定の案件なんだけども、何なら私はそうしようとしたんだけども、ミノは「くだらない頼み事なら暴露してやるわ」と勢い込んで体育館裏へと向かっていく。そして、それに私も引きずられていく。そんな〜。

 本棟東側にある体育館までやってきた。ミノに腕を引っ張られながら裏手へと周る。さっと建物の角から顔を覗かせると、もう下校時刻の四時半を過ぎているというのに四人の女子生徒が悩ましげな表情で立っていた。

 体育館裏には初めてきたけれど、建物側に土の地面があり、側溝で線引されて向かい合うように雑草の生えた土手があるじめっとした場所だった。四人は体育館に密着するように作られた黒い土の花壇の前にたむろしている。そのうちの一人は狛人くんの一人目の彼女だ。名前は……そう、夏目さんだ。夏目漱石という著名人と同姓だったからぎりぎり憶えていた。

 その夏目さんがこちらに気づき、ちょこちょこと手招きしてきた。ミノは不遜な表情で彼女たちのもとへ進んでいく。

「ごめんね。テストも近いのに呼び出しちゃって……」

「その謝罪を受け入れるか否かは、頼み事次第よ」

 申し訳なさそうに謝る夏目さんを前に、ミノは偉そうに腕を組んだ。実際、夏目さんが非常識なことをしているので、ここはミノが偉い。そしてミノに無理やり連れてこられた私はもっと偉いと思う。

 夏目さんは他の三人を手で指し示した。

「とりあえず自己紹介からで。彼女たちは私と同じ園芸部の友達。右から──」

「三年で部長の仙洞田せんどうた椿つばきだよ。よろしくね」

 小柄でサイドテールの人がやや疲労を感じさせる声音で名乗った。続けて真ん中にいた背が高いベリーショートの人が不機嫌そうに、

桜内さくらうち真宵まよい。二年生」

 感じが悪いので、彼女のことは悪子さんと呼称することにしよう。そして最後に、食堂のおばちゃんを感じさせるふくよかな体型の人が緊張の面持ちで、

田口たぐち夕顔ゆうがおです。まあ、遊間さんは知ってるよね。クラスメイトだし」

 全然知らないけど、とりあえずサムズアップしておいた。

 最後に夏目さんが部員たちに向き直って私たちに手を向ける。

「こっちが桂川さんで、こっちが遊間さんよ」

「それで、何の用なのかしら?」

 ミノが苛立しげに尋ねた。園芸部の面々に興味なかったのだろう。夏目さんはその圧力にやや怖気ながら花壇を指差した。

「これが、何かわかる?」

 花壇はそこそこ広いものの花と呼べるものは植わっておらず、そこかしこに雑草が生えていた。夏目さんが示したのは、そんな中で一際目立っている草だ。そこそこ背の高い私の膝くらいまで伸びていて、茎は結構太いかも。葉は紅葉のようなというには大きくて、どちらかというと手のひらみたいな形をしている。……あんまり見たことない草だなあ。

「これって……」

 その草をじっと見ていたミノの目が徐々に混乱と動揺の色に染まっていく。

「は? え、なんで……?」

「そんなに珍しい草なの、これ?」

 私はしゃがみ込んで謎の草を指で突っつきながら尋ねた。するとミノが素早く手首を掴んでくる。

「触らない方がいいわよ。問題ないと思うけれど、一応……」

「毒でもあるの?」

 ミノは何とも言えない表情で首を捻り、そして首を横に振った。

「毒と言えば毒だけど──」

 彼女の口から放たれた単語に、私の目は大きく見開かれることになった。

「これは、よ」

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