名前のないラブレター

「俺は柘植つげ狛人。一応、薫子の幼なじみだ。君は桂川さん、だよな?」

 柘植というらしい男子が名乗りながら女子を引き連れて部室に入ってきた。二人して勝手に椅子を引っ張り出して並んで座る。彼は気にしていないが、女子の方は居心地悪そうに淡水魚の泳ぐ水槽や観葉植物に目を向けていた。

 あたしは柘植の言葉に驚いてアスマを見る。

「あんたに幼なじみがいたとは知らなかったわ。それも男の」

 ついじろじろと柘植を観察してしまった。アスマがこともなげに言う。

「幼なじみと言っても漫画みたいなものじゃないけどね。母親同士が友達で、保育園から小中高と一緒なだけで。同じ空間にいたら話す程度の関係かな。昔はよく遊んだ気もするけど」

「遊んだっつっても、薫子は寝てるかぼうっとしてるだけだったけどな」

 柘植が呆れながら言った。幼い頃からアスマはアスマだったらしい。

 柘植はアスマとあたしを交互に見ながら、

「さっきは薫子に頼みがあるって言ったけど、本当のところは二人に頼みがあったんだ。この前の事件を二人が解決したって聞いてな」

 この前の事件と言われてもいくつかあるのだが、おそらくは透明人間事件のことを指しているのだと思う。

「ちょっとその知恵を貸してほしいなと思ってさ。……どう?」

「だから嫌だよ。面倒くさい」

「話の内容次第ね。つまらない頼みなら蹴るから。物理的に」

「よっしゃ、サンキュー」

「狛人くん、都合の良いことだけ耳に入れないでよ」

 アスマの扱い方を把握しているのか、柘植は彼女の冷淡なつっこみを完全に無視して隣の女子を手で示した。

「俺の彼女の──」

夏目なつめ香薇から。同級生よ。よろしく」

 名乗った夏目は警戒心を含んだ目でアスマを見つめる。彼氏の幼なじみに興味津々な様子だ。

「あなたが狛人の幼なじみ……。へぇ。ふぅん」

 夏目は雰囲気こそ若干きつそうな印象を受けるが、ツーサイドアップという高校生には勇気のいる髪型が小学生かアイドルのような愛嬌を醸していた。自分の欠点を髪型で中和しているのかもしれない。

 いきなり柘植が両手を合わせてきた。

「俺たちが付き合ってるってことは、誰にも言わないでほしい」

 アスマが首を傾げる。

「どうして? 美女と野獣ってわけでもないのに。美男美女じゃん。いや、狛人くんを美男扱いしていいのかはわかんないけど」

「狛人は美男よ」

 夏目がやや食い気味に言った。

「じゃあ夏目さんを美女扱いしていいのかはわかんないけど」

「わ、私も、美少女よ……!」

 怒涛のアスマ節に困惑する彼女に柘植は苦笑し、

「香薇。薫子には深くつっこまない方がいいぞ」

 どうやら幼なじみだけあって、こいつもアスマのテキトーさを把握しているらしい。……なんだろう。ちょっと面白くない。

「まともに相手してたら深淵まで落ちるわよ」

 あたしも忠告しておいた。顔をしかめることしかできない様子の夏目を見て、柘植は咳払いをする。

「中学のときクラスメイトの子と付き合ったんだけどさ、それをクラスの男子にからかわれまくって、それを嫌った彼女と破局したことがあるんだ。ほら、薫子は知ってるだろ? あのとき同じクラスだったし」

「え、あ、うん……そだね」

 絶対憶えてないわねこいつ。

「香薇も、中学で浮いてた男子と付き合ってたことがあるらしいけど、そのとき彼氏が周りからとやかく言われまくったらしいんだ。俺は別に浮いてねえけど、若干トラウマになってるらしくてな」

「私があれこれ言われるのはいいけど、恋人が言われるのは、やだから……」

 夏目はやや顔を赤らめて顔を伏せた。

「ってわけだから、オフレコで頼むぞ。俺たちが仲の良い男女であることを把握してる奴らはいるけど、付き合ってることを知ってるのはお前らだけだ。付き合ってるんじゃない? 程度の噂はともかく、確定で付き合ってるって噂が広まったら一発で犯人がわかるからそのつもりでな」

「わーったわよ。頼み事についてを教えなさい」

 他人のメロドラマなんぞに興味はない。青春してるわね、で終わる話だ。

「実はさっき、変なものが私の下駄箱に入っていたの」

 夏目の言葉に連動するように、柘植がポケットから横長の白い便箋を取り出した。赤いハート型のシールで封が閉じられている。ただ、シールに皺ができているあたり、一度剥がしたものを再び貼り付けたもののようだ。

「変なものって、ラブレターじゃん」

 アスマが肩透かしを食らったかのように言った。確かに、これでラブレターじゃなかったら何なんだ、というくらいにラブレターな見た目をした便箋である。恋文が変なもの扱いされる時代を、上の世代は果たしてどう思っているのだろうか……。などと時代の潮流に思いを馳せていると、夏目がふるふると首を横に振った。

「普通のラブレターなら何も言わないわよ。けど、このラブレターはおかしいの。

 何となくアスマと顔を見合わせてしまう。柘植が指を一本立てた。

「たぶんだけど、別の誰かと間違えて香薇の下駄箱に入れちまったんだと思うんだ。このまま捨てるのも寝覚めが悪いし、本来は誰の手に渡るものだったのか……これを突き止めてくれないか?」

「嫌だよ。面倒くさそう」

「ふぅん。ちょっと面白そうね。どうせ佐渡原がくるまで暇だし、いいわよ」

 名無しのラブレター。青春破綻者が関わっているとは思えないけれど、暇潰しとしては丁度いいかもしれない。

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