スケルトン事件【解決編】

 文芸部に関係者が集められちゃった。私とミノ、文芸部員の三人、赤柴くん、そして明月さんと十塚さん。

 東山くんと赤柴くんは顔を合わせるやいなや、互いに憎しみのこもった目で睨み合った。松相くんと林藤さんは気まずそうに目を伏せている。

 緊張感が部室全体に蔓延するのを見計らったかのようなタイミングでミノが切り出した。

「じゃあ、犯人がわかったから説明していくわね。まず事件発生の経緯だけど──」

 ミノがさらさらっと事件の軽いあらましを説明した。詳しい話を聞いていなかったのか、赤柴くんが愕然と口を開け、

「そんなことになってたのかよ……。でも、それなら犯人は明白じゃねえか。東山! お前にしか犯行は無理だな! お前が理香を殺したんだろ!」

「ふざけるな! そんなことするわけがない!」

 体格も相まって赤柴くんはなかなかの凄味を放っているけれど、文学少年であるはずの東山くんも負けていない。

 ミノが赤柴くんへ冷たい視線を向けながら、

「東山は手ぶらだったから凶器の包丁を持ち込めないのよ。それに何より、犯人なら『誰も見ていない』なんて証言はしない。向かいからやってきた何者かが刺して逃げていった、これでいい」

「その証言をするには、架空の犯人がある程度逃げる時間が必要になる。さっき、血の痕を見たけどよ……理香が刺されたのは中庭の南端だよな。悲鳴からお前たちが現れるまでの時間じゃ、あそこから南棟と北棟の境まで架空の犯人が逃げるには時間が足りないと考えたのかもしれない。だからその証言ができなかったんじゃないか?」

 赤柴くんってば、ビジュアルからは想像できないくらい理性的だ。

「架空の犯人が逃げる時間が欲しいなら、殺す場所を中庭のもっと奥にすればよかったのよ。距離があるのが問題なんだから」

「包丁に気づかれたから殺さざるを得なかったとか……」

「どうやって包丁を持ち込んだのかは置いてあげるとして、あたしたちは阿久津の悲鳴も聞いていない。距離も近かったし、ちょっと大きな声を出すだけで聞こえたはずなのに」

「声を上げる間もなかったんだ」

「それで咄嗟に的の小さい首なんて狙う? 普通は狙いやすい胴体を刺すでしょう」

 赤柴くんが苦々しい顔つきに変わる。どうやら反論は品切れらしい。一転、東山くんのターンとなる。

「お前だろ赤柴! お前が理香を殺したんだ! このクズ野郎が!」

「赤柴に犯行が不可能だったのは、一番近くにいたあんたが誰よりもわかっているはずよ」

 ミノの冷静な言葉に東山くんはぎりっと奥歯を噛み締めた。

「包丁を投擲したにしても、アリバイとして学校の外にいたなんて証言はしない。こんな目立つ男、学校で誰にも目撃されないとは思えないし、本人にもそんな自信はないでしょう。結局アリバイがないんだから、学校にいたと証言した方が穏当よ」

 ここら辺は私たちがあれやこれや話し合った部分だね。

 二人は沈黙し、互いから顔をそむけた。怒りの矛先がわからなくなっているらしい。

 松相くんが控えめに手を挙げた。

「それで、どうなるんですか?」

「ここから先はアスマ、よろしく」

「えぇー。全部ミノが話してよ」

 いきなりパスが飛んできて、予想はしていたけどつい不平が漏れてしまう。

「あんたが解いた謎でしょう」

 こうなるから解きたくなかったのに……。仕方ないか。ため息を一つ吐き、

「えっと、ヒントになるのは赤柴くんが受け取っていたXさんなる人物からの手紙なんだよね。知らない人の方が多いだろうけど、内容は割愛するよ。結果だけ言うと、Xさんは赤柴くんからアリバイを奪うように誘導しているの。でもそれって変だよね。犯人は驚天動地の透明人間殺人を成功させたけど、そこに赤柴くんのアリバイの有無なんて関係ないもん。どこまでいっても怪しいのは東山くんなんだから。犯人は近くにいた東山くんに罪を着せたかったのか、一週間かけてまでアリバイを取り上げた赤柴くんに罪を着せたかったのか、犯行の方向性が一貫していない」

 林藤さんが顎に手を添えて頷いた。

「確かに、ちょっとおかしいかも……?」

「でしょ? じゃあ犯人が本当はどっちの手段を取りたかったかというと、意味深なのは赤柴くんの方。だって手間暇かけて赤柴くんからアリバイを奪っても、。でも東山くんは誰も見ていない。……一体、犯人はどういう算段だったんだろうね? その答えがわかったとき、犯人透明化の全貌も見えたよ」

 本当は答えから理屈をつけただけなんだけども。

「簡単な話、。向かいからやけに体格の良い男子がやってきて刺しました、って。でも、それができなくなっちゃった」

「それって……」

「まさか……」

 ミノと刑事さんたち以外の視線が一斉に東山くんに向けられる。彼はごくりと唾を飲んだ。……肝心な一言を付け忘れたので、どうやら勘違いしているらしい。

 その言葉でみんなの視線が再び私に引き戻された。では、今回の件をまとめるとしますか。

「この事件はさ、。これは事故……それも、だったんだ」

 愕然とした雰囲気が部室に漂った。松相くんが恐る恐る口を開く。

「誰が、誰を殺そうと……?」

「もちろん、理香さんが東山くんを、だよ。そしてその罪を赤柴くんに擦り付けようとした」

 当事者二人は口を開けて驚愕することしかできないようだ。

「でも、阿久津先輩も手ぶらでしたよ。包丁を持ち込むことはできません」

「そんなのは簡単。この文芸部室から取り出せばいいの。ほら、この部屋、現場の真上じゃん?」

「ここ、四階ですよ? 外からなんてとても……」

「君ももう一つ歳を取れば、世界には糸という超画期的なアイテムがあることを知るだろうね」

 松相くんは一瞬だけはっとするも、すぐに首を振った。

「僕がここにやってきたとき、包丁なんてありませんでした。部屋にきてすぐに寝ちゃいましたけど、流石にそれは断言できます」

「そりゃあ標的も使う部屋に剥き身で置くわけないって。理香さんはあの窓の下にあるゴミ箱の中に、柄に糸を括り付けた包丁を隠していたんだよ。たぶん五限後の休み時間にね。忘れ物の巾着袋を取りにいくふりをして、実はその巾着袋の中に忍ばせていた包丁をゴミ箱に仕込んだ。糸は片端を小石か何かに結んで、それを窓から中庭へと垂れ下げさせておいたんだと思う。糸なら目立たないし、眠かった松相くんが気づかないのも無理はないよ。下の階の人たちにしても、窓越しの細い糸なんて意識しなきゃわからないだろうし。そして東山くんと中庭にいく前に空気の入れ替えと称して窓を開けておいた。自分たちが手ぶらであることを証明させるためにウサギ小屋にいた私たちに話しかけて、準備完了」

 四月の頭から私とミノがあそこにいるのを把握したうえで計画を練ったのだと思う。手ぶらであることの証明はこのトリックにおいて最も重要なポイントだしね。計画の起点になったのは顧問の出張による部活の休みだろうけど。

「あとは靴紐を結び直すふりをして東山くんを先にいかせて、糸と繋がっていた小石を手にした。後でわかるけど、このとき小石から糸を解いてるよ。糸を引けば、サッシを支点に包丁が持ち上がってスイング式の蓋を押し開け、そのまま窓の外へと飛び出した。だけど、キャッチし損ねたのか、避け損ねたのか、ぼうっとしていたのか、部室を見上げていた理香さんの喉に四階分の位置エネルギーを帯びた包丁の切先が突き刺さってしまった……」

 ミノが気にしていた喉の傷痕はこれが理由である。犯人はその部位を狙いたかったのではなく、なのだ。

 結果だけ見れば包丁を上から落とした推理と同じことだけど、偶然だらけだったその推理と違って、理香さんが立ち止まったのは必然で、理香さんが校舎に身体を向けていたのも必然だし、顔を上げていたのも必然なので、偶然は喉に包丁が刺さっちゃった部分だけになる。これなら起こってもおかしくない。

「トリックに使われた糸は包丁からすっぽ抜けて理香さんの手を離れ、風に吹かれて中庭の外まで飛んでいっちゃってたみたい。あのときは風が強かったからね」

 十塚さんが背中に隠していた透明なビニール袋を取り出した。そこには長い糸が収納されている。

「長さからして地上から四階までは届くと思う」

 十塚さんのその言葉は果たしてみんなに届いたかどうか。

 急に赤柴くんががたりと立ち上がった。

「そのトリックなら、東山にも実行できるんじゃないか?」

「それはないわね」

 喋り疲れていたところにミノが口を挟んでくれた。

「東山には包丁を仕込むタイミングがない。昼休みの時点ではゴミ箱には、その隣のゴミ袋が入っていたわ。包丁はゴミ袋が取り替えられて以降に仕込まれたってことよ。けど、その後の休み時間に東山は長時間教室から離れていないし、放課後は盗難騒動のせいで阿久津より遅く部室に着いた。ついでに放課後の時点で包丁は持っていなかったわ。部室とはまた別のところに包丁を隠していたのだとしても、そもそも鍵を阿久津に渡していたからどうやっても彼女より先に部室へ入ることはできない。殺す相手の前で包丁を仕込むわけがないわ」

「二人しかいないときに、理香がここを離れるタイミングがあったのかもしれない」

「そんな相手依存かつ途中で戻ってこられたらアウトのスリリングなことをするくらいなら、そもそも鍵を貸さずに自分が阿久津の忘れ物を取ってくると言って一人で部室に向かったはずよ」

 ちなみにゴミ袋を入れ替えたのも当然理香さんだ。もとのゴミ袋にはまだ十センチの猶予があったものの、包丁を仕込むスペースまではなかったのだ。まだ取り替える必要性が薄いゴミ袋が取り替えられていた……私はこの事実からトリックに気がついたのです。

 一応これも言っておいた方がいいのかな。

「それに東山くんは松相くんが部室の前にいることをLINEで知らされていたんだ。現実としてはそこからさらに中へ入ってきていたわけだけど、トリックを使う身としては廊下側の窓から覗かれるかもしれないってだけで実行には移せないでしょ。ゴミ箱から包丁が出てくるところを窓越しに見られたらおしまいだし。東山くんは松相くんからの連絡を理香さんに伝えなかったんだろうね」

 私の言葉に東山くんは呆然自失といった様子で頷いた。ついでに言うと、東山くんは鍵を松相くんのもとまで持っていこうかと提案したらしい。松相くんが断ったからよかったものの、『お願いします』と返信されていたらどうしていたのか。理由をつけて結局断るのなら、最初からそんな提案はしないと思う。

 実はミノ的には、この部室から包丁を確保するというトリックは思いついていたようだが、犯人を東山くんと置いていたせいで以上の理由から否定してしまっていたらしい。本当に思いついていたかどうかは知らないけどね。

 ミノさんが呆れと感心が混じったような声音で言う。

「その点、阿久津の動きはよくできたものよ。いつもならあたしたちのクラスの方が早くホームルームが終わるから、その前に東山から鍵を奪っている。さらに放課後より前に仕込みを終えて、鍵を返さないことで東山の入室するタイミングを最低でも自分と同じにまで遅らせているの。自分のいないときにゴミ箱を探られたらまずいからずっと一緒にいるのが好ましかったのね。園芸部が花壇の手入れをしていたのも計算ずくで、花壇に包丁を隠していたと思われたくなかったんでしょう。そして園芸部がいなくなったのを見計らって、手ぶらであることを証明してもらうべくあたしたちに声をかけてきたってわけ。松相の乱入も、こいつが睡魔に負けたおかげで運良く乗り切ることができた。そこで全てが終わってしまったけれどね」

「東山の……正当防衛ってことはないのか?」

 赤柴くんが一縷の望みを込めたような口調で尋ねた。

「お互い無言の攻防を繰り広げる正当防衛があるなら見てみたいわ」

 正当防衛だからなんだって話でもあるけどね。結局悪いのは理香さんなんだから、それで自分の心が慰められるわけじゃないだろうに。

「計画はよく練れていたけれど、こんな計画がどのみち上手くいったとは思えない。皮肉なことに、たぶんこれが一番事件が難しくなるパターンだったでしょうね」

 ちょっと後で聞いた話によると、理香さんの自宅のパソコンからXさんの手紙に使われたと思しき文章データが発見されたらしい。それから隣のそのまた隣の市のスーパーで凶器の包丁を彼女が買うところも監視カメラに映っていたってさ。

 ちゃんちゃん。

 

       ◇◆◇


 全てが終わったとき、辺りは暗くなっていた。七時過ぎである。七時まで出歩いてる高校生って、もう不良じゃん。私不良になっちゃったよ。

 家に遅くなるという一報を入れていないので、こいつは家族に心配されちゃうぞぉ……なんてことはまあ、ないんだけれども。私の家は普通に家族仲の良いご家庭だけれど、母親と弟は私を乱雑に扱ってくるのだ。父親はダダ甘なのに。こんなの離婚したらお父さんの方に付いていっちゃうぞ!?

 一方、途中まで帰り道が同じなので隣を歩いているミノさんは楽なものである。なんていったってこの子、アパートで一人暮らしをしているのだ。なんか地元で問題を起こして実家から勘当されたらしい。そういうの本当にあるんだね。

 でも、ご実家が高校生の娘を一人暮らしさせられるくらいだし、実はミノってお嬢なんじゃないかと思ってる。明月さんは私の方を嬢ちゃんと呼ぶけれど。

 とかなんとか思っていると、歩道橋を渡る途中でミノが口を開いた。

「なかなかクレイジーな事件……いえ、事故だったわね」

「そうだね。でも、ミノ的には大歓迎だったんじゃない? 理香さんが青春破綻者で」

 ミノは小さく静かに頷き、

「青春破綻者とは、……。あいつは見事なまでに青春破綻者ね」

「自分から二股をかけておいて、その片方を邪魔なストーカー男諸共消し去ろうとする……怖っ。高校生の考えることじゃないよ」

 理香さんの動機としてはそういうことなんだと思う。本命は東山くんだと、Xさんとしては赤柴くんに吹き込んだみたいだけど、本当は名も知らぬ工業生が本命だったんだろう。たぶん私たちの把握できていない問題が理香さんの身に起こって、今回の事故が発生した。だってほら、ただ本命と一対一になりたいだけなら何も殺すことないしね。

 ミノが上を向いた。曇っていて、月も星星も暗い空も見えなかった。

「せっかくの青春を自分の手で終わらせるのって、どんな気分なのかしらね……」

 ミノはとても傲慢な女の子だけれども、こんな風に妙に青春に拗らせた感情を抱いている。青春破綻者に対しても、愚かだと見下すというより何故そうなってしまったのかを理解しようとしている節がある。研究というのはそういうことらしいけど、私にもちょっとよくわかっていない。

 それに付き合わされる身としてはたまったものじゃないんだけどね!


 これは、そんな私たちのお話です。

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