知り合いの刑事さんたち
去年、私たちと一緒に名探偵が入学したんだと思う。だってほら、ああいう人たちってよく事件に巻き込まれるでしょ? だからこの学校で事件がよく起こるようになっちゃったんだろうね。そうじゃなきゃおかしいもん。
この理論に則ると毎回のように事件に遭遇してしまっている私とミノのどちらか、あるいは両方が名探偵なんじゃないかという話になるけど、それはない。だって私もミノもそんな柄じゃないから。きっと、眠れる獅子的な感じで、本物の名探偵さんは学校のどこかに潜んでいるのだ。早いとこ起床して私の代わりに事件に巻き込まれてほしい。
事件発生から四十分近くが経過した。理香さんは救急車で搬送されたけれど、そのときには既に死んでいたような気がする。私たちは理香さんと東山くんが所属しているという文芸部の部室で待機していた。場所は本棟四階の一番南端で、童顔の男子が窓から顔を覗かせていた場所だ。ちなみにその彼は文芸部員の一年生で、今も私たちと同じように文芸部室に待機している。
面積も扉の位置も普通の教室と変わらず、窓の位置も廊下側とその反対側にあたる中庭側にあるので共通している。
しかし流石は文芸部室と言うべきか、本棚と本がたくさん置いてあった。椅子と机の多くは部屋の奥に積まれていたので、私とミノはテキトーに椅子を引っ張り出して座っている。東山くんと一年生くんは呆然とした顔で心ここにあらずいった様子だ。
不意に扉がノックされた。がらりと扉が開けられて、入ってきたのはスーツ姿の男性二人。一人は短髪でやや厳つい顔つきの中年、もう一人は爽やかな顔立ちの優男風の青年だ。二人は私たちの顔を見た途端、シリアスな表情を苦々しいものに変えた。
「またお前らかよ……。何回目だよ」
中年の方──刑事の
「桂川さんと遊間さん……君たち、本当に呪われてるんじゃない?」
「そのリアクションも飽きたわね。というか、あんたたちがくるには早くない?」
ミノがつまらなさそうに言った。明月さんと十塚さんとは事件の度に顔を合わせているので、二人が県警の刑事さんだということは把握している。県庁所在地からこの町までは高速道路を使って一時間半くらいはかかるので、四十分足らずで現着したのは確かに凄く早い。
明月さんが徒労感の滲んだため息を吐いた。
「たまたま別の事件で近くにいたんだよ。ようやくそっちが片付いたと思ったら、またこの学校で事件ときた。勘弁してくれって話だ」
「なるほど。……それじゃあ、とっとと事件の話に入りなさいな」
ミノが偉そうに手をひらひらさせながら言った。
明月さんの表情が苦々しく歪んだ。
「お前らまた事件に首を突っ込む気かよ」
「お前らの、らは余計なんですけどね」
聞き捨てならないことを言う明月さんの言葉を訂正しておく。ミノはある目的のため、事件に巻き込まれると率先して解決しようとするのだ。私は無理やりそれに付き合わされている。
「さっき別の警察官にも説明したからどうせ聞いてるんでしょうけど、あたしから改めて状況を説明しておくわね。事件があったのは四時二十分のことで──」
ミノが仕切り始めてしまったが、刑事さんたちはもう慣れているので呆れるだけだった。
最初のうちは渋面を浮かべて話を聞いていた刑事さんたちも、事態の混迷さを直接第一発見者から聞いているからか表情がプロっぽいものに変わっていた。
「東山君で、いいのかな? 君は本当に何も所持していなかったのかい?」
穏やかながらも圧のある明月さんの問いかけに東山くんは何度も頷く。
「は、はい! 持っていたのはスマホだけです」
「ついでに言っておくと、救急車と警察を待つ間、アスマに周囲の窓を調べさせたけど、どこも施錠されていたわ」
本棟の部屋に繋がる窓と南棟の廊下に繋がる窓のことだ。つまり、東山くんが窓を開けて中から凶器を取り出した……という可能性はない。ってことだと思う。
十塚さんがメモ帳を手にしながら、
「中庭に入ったとき他に誰もいなかったのは間違いない?」
「はい。誰もいませんでした」
「窓から出入りした奴もいなかったそうよ。阿久津が倒れた音を聞いてすぐ振り向いたわけだから、そんな奴がいたら絶対目撃できたでしょうね」
「うるせえぞ、桂川」
明月さんからお叱りを受けるも、ミノはどこ吹く風のようだ。あ、ちなみに阿久津というのは理香さんの苗字らしい。
「事件が起こるまでの経緯を君視点で語ってくれるかい?」
「わ、わかりました」
東山くんは明月さんに頷くと、つい先刻のことを目を瞑って先刻のことを思い出そうとする。
「今日は理香の自宅にある本を部室に移すのを手伝うことになっていたんです」
「いきなり口を挟んで悪いが、君と阿久津さんの関係はただの部活仲間だったのかな? それとも──」
「付き合ってたそうよ」
明月さんはお前が答えるなとばかりにミノを睨んだ。東山くんは続ける。
「放課後になって、部室に向かうと既に理香がきていたので荷物を置いてすぐに出発しました。理香の家は裏門から出てすぐのところにあるので、中庭を突っ切っていくことにしました。中庭の前にいた桂川さんたちと少しだけ話をして、それから中庭に足を踏み入れました。すぐに理香が靴紐を結ぶために立ち止まったので、本人に促されたこともあって先に進んだんです。それから十秒くらい経ったとき、倒れるような音が聞こえたので振り向くと、理香が喉の辺りから血を流して倒れていました」
刑事さん二人は腕を組んで、頭を捻って唸り声を上げた。彼の話をそのまま信じた場合、あまりにも信じがたい状況ということなんだろう。
明月さんが思い出したかのように一年生くんに目を向けた。
「それで、君は? どうしてここに?」
「あ、えっと、
「君も事件発生直後の現場を目撃したということでいいのかな?」
「はい。でも、怪しい人は見ていません」
松相くんは明月さんに事件発生までの行動を訊かれ、緊張の面持ちで語り始めた。
「今日は顧問の先生が出張でいないので、一週間も前から部活が休みなのが決まっていました。だからすぐに帰ろうかなとも思ったんですけど、あまりにも眠かったので寝てから帰ることにしたんです。教室で寝るのはなんか怖かったので部室で……。職員室に鍵がなかったので開いてると思ったんですけど、部室には鍵がかかっていて、LINEで東山先輩に訊いたら『阿久津先輩の家にある本を運び出す』という旨の返信が着ました」
十塚さんが東山くんに目を向けて確認を取る。
「はい。入れ違いになっていたみたいで、昇降口にいるときそんなメッセージが着ました。荷物を部室に置いていたので、理香が鍵をかけていたんです。でもまだ校内にいたので、理香から鍵を預かって四階まで持っていこうかとも提案したんですけど、松相が『部室の前で待ってます』と言ってきたのでその言葉に甘えました」
「そのやり取りの直後に用務員さんが廊下の蛍光灯の交換にやってきたんです。事情を説明してマスターキーで開けてもらいました。机に突っ伏してすぐ眠りこけたんですけど、いきなり東山先輩の尋常じゃない悲鳴が聞こえてきたんです。窓が開いていたので、四階にいたのに一瞬で飛び起きてしまいましたよ……。恐る恐る窓から中庭を見下ろすと、阿久津先輩が血を流して倒れていて……」
「窓はどうして開いていたのかしら」
ミノが疑問を呈すると東山くんが答える。
「空気の入れ替えのために理香が開けたんだ。本当は廊下側の窓や扉も開けときたかったんだけど……」
荷物を置きっぱなしにしていたのでそれは躊躇われた、と。
十塚さんがメモを取り終わるのを待って、明月さんが何度か頷いた。
「なるほど。状況はよくわかった。なかなか、難しい事件のようだ」
「じゃあ今度はそっちが情報を出すターンね。まだ捜査も始まったばかりだから、大したことはわかってないでしょうけど」
ミノが脚を組んで傲岸不遜に言った。明月さんは冷たい目を彼女に向ける。
「お前は警察の事情聴取をなんだと思ってんだよ。情報交換の場じゃねえぞ。……とはいえ、一つは伝えておかなきゃいけないんだがな」
明月さんは神妙な面持ちで東山くんたちに向き直った。
「さっき病院から連絡があった。阿久津理香さんの死亡が確認されたそうだ」
覚悟はできていただろうに、松相くんは目を伏せて肩を落とし、東山くんは悲しみに打ち震えながら怒りの形相を浮かべる。
「あいつだ……絶対、あいつがやったんだ!」
その発言に刑事さん二人と、ついでのミノの眉根が上がった。代表で十塚さんが尋ねる。
「犯人に心当たりがあるの?」
「
「具体的には、どんな行為だい?」
「あ……いえ、少し言いすぎました。僕と理香が付き合っていることを知っていたのに、何度もあの子に言い寄っていただけです……」
「ふむ。その子の動向を調べる必要があるか……。我々は席を外すけど、君たちにはもう少しここに残っててもらうよ。桂川と嬢ちゃんは帰っていいぞ」
明月さんってば、最後はやけに投げやりな口調だった。しかし、
「やったー」
嬢ちゃんこと私はバッグを手に立ち上がりかけるも、いつの間にか隣に移動していたミノに左肩を押さえつけられて凄まじいパワーで強引に座り直させられてしまった。とほほ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます