「秘密」

佐倉井 月子

第1話 「秘密」

 世界のどこかで恋のウイルスが発見されたら、私の周りで起きている現象は恋の感染症だと診断されるかもしれない。 

 コミ力お化けと呼ばれている私には、素直な屁理屈女子の藤本と、純粋な童顔妄想男子の芦屋という友達がいるのだが、高校入学時に出会った頃は恋とは無縁の二人だったのに、ここ最近、恋のウイルスに感染したように、次々と恋に落ちた。

 人生初の一目惚れをした藤本は、短い片思い期間にも関わらず目に見える世界が変わり、奇跡を願って恋しい彼に告白したら、木端微塵に振られて失恋の涙を流した。二次元にしか存在しない理想の君に現実で出会い初めての恋をした芦屋は、好意を持たれているのに蛙化現象回避のため天邪鬼な恋の駆け引きに、今も切ない涙を流している。

 それも全て、私がばらまいた恋のウイルスによるものかもしれないと思うと、申し訳なくて、心が痛む。

 「おい、城崎。そんな哀れむような目で芦屋を見てやるな。これでも必死に恋の駆け引きをしているのだ。友達として、次なる作戦を考えてやろう」

 放課後、いつものように芦屋の席に集まった私たちは、誰も居ないのをいいことに、声を潜めることもせず、恋に苦しむ芦屋の次なる作戦を話し合っていた。

 「もういい、もう止めさせてくれ。こんなに恋が苦しくて切なくて身も心も切り刻むものなんて、常に学年トップクラスの成績をキープする俺でも知らなかった。いっそ、今すぐ告白して嫌われた方が男らしく散れると思わないか」

 「自暴自棄になるのはまだ早い。成績はトップクラスでも、一度もトップになったことが無い上に運動神経が無い芦屋が、奇跡のように幾度の危機を迎えてもすんでんのところでかわして来たではないか。それに、理想の君はまだ芦屋を慕っておるのだぞ」

 「おい、藤本。それは俺をバカにしてるのか、褒めてるのかどっちなんだ」

 「どっちもに決まっているだろう。そんな事も分からなくなるほど、我を忘れているのか、芦屋!」

 「藤本の言葉なんて理想の君の蛙化現象に比べたら屁でもねぇ。あぁ、理想の君。もういい加減、普通に俺の気持ちを受け止めてくれ!」

 恋のウイルスが体中を侵しているとしか思えないほどに悶絶する芦屋の姿は、自分を見ているようで、切ない。

 「もういい、もういいよ芦屋。よく頑張った、精一杯頑張ったよ」

 「うわっ!だから、俺のパーソナルスペースは1mだと何度言ったら覚えるんだ、城崎」

 私は悶え苦しむ芦屋を強く抱きしめて、その苦しみを受け止めようとしたのに、芦屋は私の顔を力いっぱい押しのけて、私の腕から逃れようとする。

 「何を遠慮しておる。城崎は芦屋の苦しみを慰めているのだ。ありがたく受け入れて、明日の活力にするのだ」

 藤本は芦屋の鞄から取り出した柔らか素材のポケットティッシュを一枚抜き取ると、芦屋の涙と鼻水を拭いていた。

 ガタッ!

 教室のドアが開いて、私たちの姿を見て驚いていたのは、明るい髪色のポニーテールが良く似合う、芦屋の理想の君。

 一同が金縛りにあったように固まっていると、誰よりも早く解き放たれた理想の君が口を開いた。

 「芦屋君の声が聞こえたから、まだ残ってるのかと思って…。お取込み中なのに、ごめんなさい」

 理想の君は何故か謝って、ポニーテールを揺らしながら走り去って行った。

 「えっ?ちょっと、お取込み中って、ごめんなさいって。何か、絶対、ヤバい誤解を生んだんじゃねーのか、この状況…」

 「いや、これこそ究極の恋の駆け引きなのではないか?誤解をさせておけば、しばらく新しい策は練らなくてもいいのだぞ」

 「ごめん、芦屋。さすがにこれは辛いね。私がちゃんと誤解を解いておくから、心配しないで」

 腕の中にいる芦屋をそっと開放して、心から謝った。

 「絶対だぞ。絶対、誤解を解いてくれよ城崎」

 「うん、絶対。約束する」

 私が小指を差し出すと、芦屋は直ぐに小指を絡めてブンブンと振って、藤本は私たちの小指のつなぎ目をギュッと握って、「指切りげんまん♪」と相変わらず下手な歌を歌って、私たちの友情を固いものにした。 

 「あー、居たいた城崎さん。生徒会長が探してたよ。3学期のイベントのことで相談したいことがあるんだって。それにしても3人は仲がいいね、羨ましいよ。じゃ、僕は部活行かなきゃだから」

 理想の君と入れ替わるように現れた男子は、用件を伝えると小さく手を振ってから去って行った。

 「あの人の好さそうな笑顔の男子は、確か私のクラスメイトで、一目惚れをして木端微塵に振られた元恋しい彼の友達では無かったか?」

 「あぁ、そう言えば、理想の君と一緒に図書当番をしてる図書委員でもあったよな」

 藤本のクラスメイトで、芦屋の理想の君と一緒の図書委員をしている彼は。

 部活があるのに所属していない生徒会の頼みを聞いて、わざわざ私の教室でもない芦屋の教室まで探しに来て、私たちの固い友情を柔らかな笑顔で、羨ましいと言った彼は。

 「私の運命の人」

 「えっ!!城崎、今何と言った?」

 「運命の人って、運命の人って言ったよな。って事は、城崎の彼氏なのかっ?」

 「何?彼氏?彼氏がいたのか、城崎。なぜ今まで秘密にしていたんだ!」

 「イヤ。だから、彼氏じゃなくて運命の人だってば。運命の出会いをして恋をした人」

 私が恋の病を発症したのは、藤本と芦屋に出会う前に遡る。

  

 

 


 

 

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