『LABYRINTH ラビリンス 魂の器』

niwa_1999

第一話 「西方遺跡の迷宮へ」

 レイクは悪夢から目覚めた。

 ひどい寝汗をかき、少し憔悴しながら部屋を見渡した。


 (最高の目覚めだな、全くなんて夢だ)

 (笑う女の子? 天使? 鏡? 訳の分からねえ夢だった)


 早朝の光が窓から差し込み、静かな朝の空気が部屋に満ちている。

 先ほどの夢を振り払うかのように頭を振り、着替え始めた。

 レイクは上背があり、筋肉質で身体は引き締まっている。

 身体のいたるところに傷の痕があった。


 準備が整い、部屋を出たレイクは、廊下の古木がきしむ音を感じながら深く息を吸い込む。

 数年前から間借りしている下宿の女将に朝の挨拶を交わす。


 外に出ると活気に満ちた街の喧騒がレイクを迎えた。


 街の名は。


『モラルテッド』


 住人、商人、冒険者、労働者、旅人が入り交じり、生き生きとしたエネルギーでごった返している。 

 この街は約三十万人の人々が暮らしており、この国の商業を支える中心地である。

 街の外では野盗や盗賊、モンスターなどの危険があるが、冒険者や衛兵に守られ、人々は長い平和を享受している。

 今の時代には世界を征服しようなどと言う酔狂な者や、人間を脅かす強大な敵といったものは『表向き』には存在せず、只々平和な時代に人々は暮らしているのだった。

 陽の光を浴びながら、その人ごみをレイクは歩いていく。


 目的地である冒険者ギルドは長い歴史を持ち、国からの信頼も厚い、冒険者というと不安定な職業という印象があるかもしれないが、この国ではそんなことはなく、社会から一定の信頼を得ていて、危険な稼業ではあるものの冒険者たちはやりがいを持って任務に就いていた。


 ギルドに到着し、扉を開けると「依頼受付」のカウンターに並ぶ

 レイクは順番を待ち、馴染みの女性職員に挨拶した。


「おはようございます、レイクさん!」

 女性職員が元気に挨拶を返す。

 しかし職員は少し声を抑えて言った。

「聞きましたよレイクさん、ギルドランクの件、実績不足でCランクに降格だなんて……」

「しょうがないさ、Dに格下げでパーティ解散じゃないだけマシだ、定員割れって理由もあったしな、ところで依頼は何かいいのあるかい?」

 仕事の話に切り替えるレイク。

「そうですね、レイクさんのパーティ向けならこれですね」

 職員が資料を提示する。

「西方遺跡の迷宮か……その地下七層には吸血鬼とその眷属……」

 レイクは考え込むようにつぶやいた後、決意を固める。

「これは面白そうだな!」

「この依頼を受けるということでいいですか?」

「ああ、引き受けるよ」

「迷宮の外にまで被害が出ています、しかし迷宮で出た装備品や素材はそのまま持ち帰って結構です、報酬は金貨三十枚、経費別です」

「了解だ、準備が整い次第今日中に出発する、西方遺跡へ向かうよ」

 レイクは立ち上がりながら言った。

「がんばってください! お気をつけて!」

 女性職員が笑顔で送り出す。


 そこに男が立ちはだかった。

「……何の用だ? ドアリク」

 そこに立っていたのは、今は立場が同じCランカーのドアリクだった。

「よう! レイク、話は聞いたぜえ、ランク落ちだって? お前もCランカーだってなあ!」

 ニヤニヤと笑いながら、馴れ馴れしく話しかけてくるドアリク。

「そんなこと言いにわざわざ待ってたのかよ?」

 心底面倒くさそうなレイク。

「まあそういうなよ、ところでよ? Dに下がるのはいつ頃になりそうなんだ? パーティ解散ならお前んところのメンバー内で引き取ってやろうか? ええ?」

「万年Cランカーのせんぱいは懐がでけえなあ? しかしだ、手前のとこじゃうちのメンバーは勿体なすぎるぜ、宝の持ち腐れになるのがオチだな」

「んだとコラ?」

 自分で売ったケンカを、今度は買う方に回るドアリク。

 レイクは分かりやすいバカだ、と思いながら口を再び開く。

「お前が喧嘩を買うのは勝手だがドアリク? 朝っぱらからぶん殴られてえか?」

 レイクは軽い口調だが、これは冗談では無いことを目つきで示す。

「……チッ」

 レイクを睨みつけながらもドアリクは去って行った。


 余計な時間を食ったとレイクは作戦会議を思いながら、人混みを避けて酒場に急ぎ向かった。

 レイクのパーティ達は、いつも酒場『明けと暗闇亭』で次の依頼について会議をするのが習慣である。


『明けと暗闇亭』では、朝から営業しており、依頼明けの冒険者たちが酒を楽しんでいる。

 料理が安く量も多く、酒が美味しいと評判の店だ。

「レイク、こっち!」

 明るく呼びかける声の方を向くレイク。

 六人掛けのテーブルには既に二人座っており、朝から大盛りの料理と冷えたエールの瓶が置いてあった。

 料理から肉の切れ端をつまんでレイクは隣に座る。

「よう! エリカ、相変わらず薄い胸だな」

 レイクが挨拶を返す、エリカはいつものように法衣を纏い、その胸には寺院のシンボルが描かれたネックレスを身につけていた。

 彼女は幼さ染みであり、古い付き合いだ。

「朝っぱらから気分の悪いこと言わないで! よ!!」

 レイクに肘鉄をかます。

「いてて、ガレスも相変わらず仏頂面だな!」 

 向かい側に座っているガレスも、同じく幼なじみであり、彼は騎士として訓練を受けてきた。

 金髪碧眼でレイクより顔の彫りが深く、眼光は鋭い。

「ほっとけ、レイク、今回の依頼はなんだ?」

 ガレスが落ち着いた声で尋ねた。

「レイク、フィリスがまだなんだけど?」

 エリカが尋ねる。

「フィリスは二日酔いで伸びてる、今回は置いていく」

「また!?」

 エリカが呆れている。


「でだ、ランク落ちは残念だったが、俺たちがやることに変わりはない。頭を切り替えて、また上を目指す!」

 元々六人のパーティであったが、年かさのメンバー二人が引退し、メンバー不足もあり今までのように依頼をこなせずランク落ちしてしまったのである、レイクの今の目標はまたメンバーを集め、地道に実績を積み、Aランカーに返り咲くことである。


「定員割れは仕方ない、またメンバーを揃えればいい」

 とガレスが口を開く。

「そうね、新しいメンバーを募集しましょ!」

 エリカも前向きだ。

「それで、今回の依頼は?」

 エリカが尋ねる。

 レイクはギルド職員に渡された資料を読みながら。

「西方遺跡の地下七層で、吸血鬼とその眷属たちが闊歩しているらしい、迷宮の外にまで被害が及んでいるとのことだ」

「吸血鬼か……しっかりと滅ぼさないと」

 エリカがつぶやいた。

 彼女にとって、吸血鬼は人間だけではなく寺院にとっても明確な敵だ。

「それなら、ミスラル銀の装備が必要になるな」

 とガレスが口を開いた。

「でも、三人だけで大丈夫かしら?」

 エリカが懸念を口にする。

「ああ、切り札が必要だな」

「エリカ、頼みがあるんだ、借りたいものがある」

「何を?」

「十字架だ、手のひらよりも大きいやつ、クリスタルだかガラスでできているやつが大聖堂にあるはずだ」

 レイクは手でトントンと十字を作りながら言った。

「エリカから頼めばなんとかならないか? あれが絶対に必要なんだ」

「うーん……寺院と交渉してみるけど、必ずとは言えないわね」

「頼む、相手は吸血鬼、寺院の敵でもあるはずだ」

「分かった、頼んでみる」

「手のひらよりも大きい十字架だぜ、頼んだ、さて、それぞれ装備を整えたら、再集合しよう」

「場所は馬車の停留所、先に来たやつが西方遺跡行きの馬車を手配しておいてくれ」

 レイクはテーブルに銀貨一枚を置き、立ち上がる。

 他の二人も席を立ち、遠征の準備に取り掛かるのだった。


 午前の柔らかな光が街を照らし始める中、馬車の停留所は人々で賑わっていた。

 馬車夫たちは、乗客に向かって声を張り上げ、目的地を告げている。


 一番最初に到着したのはレイクは西方遺跡方面行の馬車を押さえた。

 レイクは吸血鬼とやり合う算段を考えていると、エリカが到着した。

 彼女は長い杖を持ち、腰には予備の武器であるライトメイスを装備していた。


「はい、これ」


 上等な布に丁寧に包まれている包みをレイクに差し出す。

「寺院が恩着せがましいったらなかったわ、これでいいの?」

「悪いエリカ、一つ借りだ、いつか返す」

 レイクはそう言いながら包みを緩め、その光に反射して輝く十字架を確認した。

 それは、掌よりも一回り大きい十字架である。

「おう、これで大丈夫だな、大船に乗った気でいてくれや」

「そうでないと困るわ、あとくれぐれも割らないようにね!」

 とりあえず釘を刺しておくエリカ。

「分かってるよ、迷惑は掛けねえさ」

「どーだか……」

 疑わしい目でみる。

「お、ガレスがやっと来たぜ、こっちだ!」

 と声を掛ける。


「悪い二人とも、遅くなった」

 ガレスは先ほどまでのブレストプレートから淡く青く光を放つミスラル銀のフルプレートメイルに着替えている。

「よっしゃ揃ったな、行くか、馬車はこっちだ」

 レイクが二人を促し、三頭立ての馬車に近づいて御者に声を掛ける。


「ああ待ってたよ、おう! 立派な騎士様だな、ひとつよろしく頼むよ」

「レイク、何のことだ?」

「ああ、この馬車の護衛を引き受けたんだよ、お前は馬で付いてきてくれ」

「お前なあ、そういう事を勝手に決めるなよ!」

「物資と、あと客は俺たちだけだし、その代わり運賃はタダだ!」

「まったく……」

 ガレスは不承不承ながらも了承した。

「出発してもいいかね?」

 御者が確認する。

「ああ、頼むよ」

 ガレスが馬にひらりとまたがり、馬車はレイクとエリカを乗せてゆっくりと動き出した。

 一行はモラルテッドの街を出て、西方遺跡へと出発したのだった。

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