1 スターシードランド

「わあ、すごい、ここは大きな始発駅って感じね」

そこはスターシードランドの駅のゲートだった。数えきれない世界各国の観光客が押し寄せごった返していた。でも混乱はしていない、それぞれ行先に従って目の前に矢印が浮かび上がり案内してくれるのだ。急いでいる場合はワープボタンで、一瞬で目的地に着けるが、このゲートを抜けて空間列車に乗れば旅気分を味わうことができる。男の人も女の人も、子供から若者、高齢者まで、白人も黒人も、アジア系の人もたくさんいて、いろいろな言語が飛び交っている。

「へえ、私は北行きの特急ホームから行くんだわ」

やがてほとんど待ち時間もなく、ホームにパワーあふれるごっついボディの北部山脈行特急列車が滑り込む。それぞれの矢印に従って、人々が流れるように乗り込んでいく。

モリーは広い窓の、すぐ窓際の席に1人で座る。

そして不思議な響きの汽笛とともに特急は走り出したのだった。

大きな駅を出てビル街や美しい商店街などを抜けて進む。

「わあ高い建物がなくなって来たと思ったら、海だわ、海」

そう、そして、列車は風光明媚な日本の海を忠実に再現したという海岸線を走っていく。

沖には変化にとんだ奇岩やさらに遠くいくつかの小島も見える。風光明媚な海岸を走っていく。途中大きな川が海に注ぎ、鉄橋を渡って行ったり、海に浮かんだ小島のようなお城が印象深かったりする。サーフィンや水上スキーをやる人たち、海水浴客がいる広大な白いビーチや大きなプールもあり、見ていて飽きない。そしてその遠くにはいつも雪をたたえた富士山がそびえている。

やがてトンネルを越えていくと景色は一変し、今度はヨーロッパ風だ。深い森とせせらぎの世界に出る。

カヌーやゴムボートのラフティングで急流下りができる渓谷や、変化に富んだいくつもの滝を横に見ながら川を遡り、おとぎ話に出てくるような中世の美しいお城の横を突っ切って抜けると、そこは、アルプス山脈を遠くに臨む青い湖と草原の湖水地帯だった。海賊船を忠実に再現した遊覧船が進む湖水では釣り大会が行われ、草原ではいくつもの熱気球も浮かんでいる。

「すごーい、なんて青い湖、湖畔に立つかわいらしいお城もきれいだわ!どんどん美しい景色が変わって、数分間で世界旅行をしているみたいだわ」

やがてアルプス山脈をモデルにしたという見事な山脈が雪を輝かせて目の前に迫ってくる。

ここには1年中滑れるという氷河のスキー場をはじめ、スケート場やスノーボード場など冬季オリンピックもすぐに行えるような特殊な施設まで各種そろっているという。

マッターホルンに似た大きな峰の正面に出ると、特急はどんどん速度を上げ、山のふもとにある古代の神殿のような巨大な宮殿に向かって進んでいく。

「終点、スターシードランド本部ゲートです」

やがて特急列車は大理石で作られた巨大なホームへと滑り込んでいく。

アーチ型の天井がとても高く、大広間やシスティーナ礼拝堂を再現した巨大な壁画、庭園や噴水、ギリシア彫刻の石像が目を引く。

気が付けばモリーは、あっという間に本部ゲートの長い大きなエスカレーターを、まるで天空に駆け上がる様に昇っていた。

傍らには、スターシードランドの3大人気キャラの巨大な石像がそびえていた、

緑の大地の守護騎士、アースアーサーが7つの鉱石をはめ込んだアースソードを振り上げ、魔法少女セイラジェネシスがマジカルロッドを輝かせ、珍獣の村のリーダー、カバペンギンのバーグが手を振る。

仮想空間だとはわかっていてもあまりに巨大な空間すぎて、その壮大な本部の風景に驚かずにいられなかった。天空のエスカレーターを降りると長い廊下に動く歩道だ。

ルネサンスの名画が並ぶ長い廊下を滑るように進むと、目の前の矢印がピピっと1つのドアの前で止まり、ドアの中から声がした。

「おや、モリーラプラス君だね、どうぞどうぞ、入りたまえ」

気さくな声に誘われて中に入る。中は小さな温かい部屋だった。やさしそうな白髪のおじさんがほほ笑んだ。

「初めまして、私がこのスターシードランドの創立者、ビッグバンスターシードです」

モリーもちょっと緊張して挨拶をした。

「ところでモリー君、私の映像は、事務所で実際に過ごしているほとんどそのままの映像なんだ。ほら、今秘書のおねえさんがお茶と大好物のミルフィーユを持ってきてくれた。君の登録された住所にこれと同じ紅茶とミルフィーユのセットをええっとこの住所だとドローン宅配で20分以内に配送しておくよ。失礼して私は先にいただくよ」

ビッグバンスターシード氏はミルフィーユを口に運び、紅茶を流し込む。なるほど実写映像のようだ。

「最近は健康になるためのスウィーツというのができてね、私もお世話になってる。おいしいし、低糖質で、たんぱく質やビタミンミネラルも摂れるので、これなら家族もうるさく言わないので助かるよ。何しろわしは甘いものが大好きでね」

そう言って氏は本当ニおいしそうに食べるのだった。

これってアンジェラのオーロラのケーキに違いないとモリーは思った。

仮想空間の人気テーマパークはほかにもいくつもある。

例えば巨大なセットの中で、有名俳優とともに名作映画の有名シーンを体験したり、ヒット映画のアクションシーンをヒーローやモンスターとともに体験できる「バーチャルシネマランドはいつも大人気だ」

特に人気アニメのキャラクターと遊んだり写真を撮ったり、一緒に冒険したり、楽しいライドに乗ったりするバーチャルアニメランドは子供たちに大人気で、およそ本物の遊園地にあるような乗り物は何でもそろっているようだ。

「壁のない動物園&水族館」も根強い人気がある。

一見、柵や檻がないだけの普通の動物園だ。その気になればいくらでも動物に知被けるが、動物たちには人間はわからない。動物たちは50から多い動物で800通りの行動パターンを持ち、近づく人間の行動や季節、時間、天候などによっていろいろな行動をAIが使い分ける。見て楽しい餌付けや、動物の興味深い行動などは時間を決めて見学できる。猛獣たちが狩をするところ、メスを巡ってのオス同士の争い、メスへの求愛行動、縄張り争いなど、めったに見られないシーンも正確に再現してみることができる。

キリンのネッキングと呼ばれるオス同士の首をぶつけ合うけんかや、コモドドラゴンのオスの、立ち上がっての取っ組み合いなどは大人気になった。エリアによっては絶滅動物や人間の祖先、恐竜にも危険なく会える。触れるのである。

さらに、水槽の中も地上と同じように進んで、サンゴ礁で散歩したり、海藻の林でデートしたりもできる。巨大サメやクジラの泳ぐすぐ横を歩いたり、深海魚を手に乗せたりできる、仮想世界だからこそできる柵や水槽の全くない展示法なのだ。

「アルティメット美術館」も静かな人気だ。

世界中の美術館のほぼすべての有名作品が今できる最先端の高精度の技術で仮想空間にデジタルコピーされて展示されている。

しかも、AIのガイドに相談すると、決められた時間内で見たいものやテーマ別に作品をギャラリーに飾ってくれる、マイ美術館の機能もあり、比較や拡大など見学も多様に対処してくれる。

だがそんな仮想空間のテーマパークの中でも抜群の規模を誇り、多様なコンテンツにあふれているテーマパークがスターシードランドだ。それをこの小柄なおじさんが作り上げ、育て、ここまで大きくしたのだ。大きな特徴は3つある。

1;空間クリエイト機能で、自分で店を出したり施設を作ったりできる。人気がでれば規模をどんどん大きくできる。

2;バーチャルアクション体験で、いろいろな野外スポーツなどに挑戦できる。もともとランドに作ってある山脈や急流、浜辺などで簡単に自由に体験ができる。

3;バーチャル体験学習機能で、いろいろなことが学べる。翻訳機能、学習のまとめ機能、どの程度学習が身についたかの判定機能などが最初からついている。

そんなスターシードランドにモリーはなぜ呼ばれたのだろう。スターシード氏はゆっくりと話し出した。

「いいかなモリーラプラス君、、実は君も私も、今向かい合っているのはこの仮想世界で行動するための、アバターと呼ばれる分身だ。本物は自宅や事務所にいてネットにつないでいる、いいかな?」

「は、はい。実際の私は自宅のリビングのテーブルに座っていますよ」

「そう、このスターシードランドにいるほぼ99%が別に現実の姿を持っている」

「え、99%って、じゃあ、残り1%は現実の姿を持っていないのですか」

「うむ、それはゲーム上のキャラクターと同じでコンピュータのAIが動かしているのだよ。ところがね、最近現実にこのスターシードランドにつながっている人たちの数と、AIの数、実際に動いているアバターの数が3人ほど合わないことがわかって来た」

「ええ、それってどういうこと何ですか」

「3人のアバターがここから消え去り、それを操作していたはずの現実の人間も行方不明ということだ」

「え、現実の人間まで行方不明?」

「現実の方は、今警察が捜索している。だが問題はそこではないのだ」

「と、言うと…」

「3人分のアバターと現実の人間が消えたはずなのに3人分のアバターが、どうやら姿を変えてまだこのスターシードランドに残っているのだよ」

「え、ありえない。どういうことなんですか」

「1日に何万人、何十万人もの人がネットから入ってくるこのスターシードランドの中に、だれか正体不明の人が操っているアバターが3人ほど混じっているらしい」

「えー、そんなばかな、第一そんなことできないでしょ」

「ああ、スターシードランドでは、1人の現実の人間が動かせるのは1人のアバターだけだ。システム上それを勝手に変更することは不可能だ」

「そうですよね」

「だからこそ大問題なのだよ。普通では不可能なことが起きてしまった。だれが何のためにそんなことをしたのかすべては謎だらけだ。今、私の事務所では腕利きのエンジニアや高性能コンピュータのAIを使って、全力で犯人捜しをやっている。しかし、個人情報に関わることもあり、何万人何十万人もの人々の現実の正体まで探り出すことはなかなか難しい」

「そりゃそうですよね」

「今のところ分かっているのは、次の3人がこのスターシードランド内で音信不通になっているということだ」

そう言ってスターシード氏は3人の名前を挙げた。

最初の事件は、あの有名な映画女優のビビアンエルンスト。私の古い知り合いで、私も大ファンだった。ところがその大女優がこのスターシードランドに参加し、喫茶店を開いたのだ。喫茶店は大いに繁盛し、多くの映画関係者のたまり場となった。ところがある日を境にビビアンは店をクリステルウェルナーという別の物に売り渡したとかで消えてしまったんじゃ。それっきり彼女の消息はわからない。現実の彼女とも今は連絡がとれない。音信不通だ。でも、大人気シリーズのドラマのナレーターの仕事も続いているし、ついこの間も大作映画の重要シーンに出演していたらしいから、秘密裏に活動は続けているようだ。

彼女は5年の間ネットから姿を消してしまったし、現実社会でもどうにも捕まえられないただ、彼女は消息を絶つ前に私にメールをくれた。

「どうしても会いたいときはプラチナテーブルに来て。私を名前で呼んで。そうすれば会えるわ」とね。なんのことだかさっぱりわからん。でもそれが唯一の手掛かりかな…。

2人目は、ネットニュースの著名なライター、マルコムライコスだ。彼は、このスターシードランドに集まる人間模様やその裏側にある社会現象を取材していた。だがある夜、パレードのさなかに忽然と消えてしまったのだ。

3人目は環境学者のアンソニーゲオルギウス、歴史にも深い造形を持つかれは何かを捜して、広大な敷地を持つ博物館街で何かを調査していたらしい。だが博物館街で姿を消したという。最後の通信には『…ここはどこかって?うむ、謎の博物館だ…』とあったらしい」

そこまで聞いてモリーは質問した。

「…謎の博物館ってどこの博物館なんですか」

「ううむ、謎の博物館だから謎としかいいようがない」

そしてモリーの手元には瞬時に行方不明になった3人の顔写真と細かいデータが送られてくる。ビビアンエルンストは背の高いゴージャスな美人で大女優のオーラが満ちているような人だった。マルコスライコスは、反骨精神に満ちたナイフのようなジャーナリスト、アンソニーゲオルギウスは物静かな卓越した学者風の男であった。

でも、ここでスターシード氏は、次の手を教えてくれた。

「そこで私はまず、やり手のネット専門の探偵を雇った、でもなかなかうまくいかなかった、それで1つの作戦を考えた。勘の鋭い、ひらめきのある人間に犯人捜しをしてもらおうとね。そこで今回の事件に関係のある言葉でクロスワードパズルをつくり、解いてもらい、すばやく正解を出した人に捜査をお願いしようと考えてね、ネットに極めて難しい、ひらめきがなければなかなか解けない懸賞付きクロスワードパズルを出したんだ」

「え、懸賞付きパズル?それって…」

モリーには思い当たることがあった。今日、ホームルームに出る直前まで取り組んでいたあの問題だ。

「だが、やはり難しかったのでなかなか正解を出す人がいなくて、今回はだめかと思っていた。だが、今朝ついに正解が出たのだよ。モリーラプラス君、君が最初の正解者だ、おめでとう。賞品はスターシードランド永久無制限入場招待券だよ。だから君をここに呼んだのだ。お願いだ、このスターシードランドで起こった謎の事件を解決してくれ。君のひらめきで謎の事件に巻き込まれた3人を探し出してほしいのだ」

「えっ…。急にそんな重要なことを頼まれても…」

さすがにすぐにいい返事は出来なかった。でもパズル大好き、謎ときマニアのモリーは考えるほどに、興味を惹かれていき、続けてこう答えていた。

「…でも、…わかりました。ご期待通りに行くかどうかはわからないけれど、謎に挑戦してみます」

モリーの捜査がここに始まる。

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