第7話 物寂しい気持ちになったよ

 目覚めると、知らない天井があった。頭が痛い。昨日、奢ってもらった酒を全部飲んだせいだ。ソファーから起き上がると、タミが朝食を持って俺の前にやってきた。彼の顔を見て伸は思い出した。酔いつぶれた後、ギルド正面にあるタミの家に転がり込み、泊めてくれと頼み込んだのを。

 タミの顔を見て、蘇る記憶に伸は青ざめる。


「おはようシン。よく眠れたか」


「お、おはようタミ。昨日はすまなかった。急に訪ねてきちゃって」


「構わないさ。冒険者にはよくあることだ。それより、朝食はいるか? あんたの口に合うか分からないが」


「じゃあ、ありがたく頂くよ」


 タミが出した朝食は、パラパラとした細長の米とベーコンのような肉の薄切り、葉物野菜のサラダだ。異世界の食事は日本に似ているようで何か物足りない微妙な味が多く、まだ慣れていない。でもこの朝食は簡単な調理であるからか、違和感なく食べれた。


「冒険者達に聞いたよ。あのカイトに勝ったって、すごいじゃないか」


「運が良かっただけだよ。アイツの拳がもう少し下だったら俺は倒されてた。今回ばかりはこの頭にお礼を言わなきゃな」


 俺は頭をさすって言った。タミはそれを見て少しばつが悪そうにした。


「あー、悪かったなシン」


「ん? 何が?」


「スキーニーのことさ。その頭が悪い印象を与えるものって俺、言わなくてさ」


 確かに、俺がギルドハウスに行く前、タミは何か言いたげだった。あれは俺の頭がスキーニーという差別対象であると言いかけたからだったのか。


「そうだな、どうして言わなかったんだ?」


「・・・スキーニーの説明をして、シンに俺も差別してる奴らと一緒だと思われてしまうんじゃないかって、少し考えてな。出会って一日も経ってない奴にそんなこと言われたら嫌われると思ったんだ。すまん」


「嫌うわけないだろ。下手したら死ぬ場所から村まで案内してくれた奴に。タミは俺の恩人だよ」


「・・・ああ、ありがとう」


 森の中でタミにあった時思い出した。小学生の頃、無駄にでかい体のせいで『ハゲのおっさんがランドセル付けて小学生と一緒にいる』と通報された。怒鳴る警察官に委縮した俺は何もできずに逮捕されかけたけど、一緒にいた高樹君が必死に弁解してくれた。それが彼と仲良くなったきっかけである。


 高樹君はそれほど付き合いが長いわけじゃないのに、なぜか信頼できた。タミだって同じで、時間と信頼は比例じゃない。相手に対する思いやりがあって、それが伝わるかどうかなんだと、俺は思う。


「ごちそうさま。美味しかったよ」


「おう、それは良かった。」


 タミは食器を片付けに台所に向かう途中で、忘れてたと言って伸に尋ねる。


「シン、今日は何か予定あるか?」


「んーそうだ。受付さんに竜極峰の資料を貰うんだったかな」


「そうか、なら用事の後でいい。気が変わるかもしれないし」


 タミの言い回しは少し気になったが、とりあえず伸はギルドハウスに向かうことにした。


「あっシン様! 来てくださったんですね!」


 早朝のギルドハウスは掲示板や受付に冒険者がごった返していて職員も忙しそうだった。伸は受付の列に並び、長い時間かかってやっと自分の番が回ってきた。


「おはようございます。前に言っていた竜極峰の資料を貰いに来ました。」


「はい。奥にまとめておりますのでこちらへどうぞ」


 そう言って伸は来客用の道へ通されついていく。冒険者の声が遠ざかるのを見計らって、俺は受付さんに声をかける。


「受付さん、昨日はすみませんでした。お酒の飲みすぎで、迷惑かけましたよね」


 すると、受付さんはフフッと微笑みをこぼした。


「あっいえいえ、問題ありませんよ。でもあんなに酔いつぶれた人は初めてだったので、驚いちゃいました」


「実はあの日の事あんまり記憶になくて、受付さんに何か変なことしませんでした?」


「ハナミ」


「はい?」


「私の名前です」


(なぜ急に自分の名前を? このタイミングで? 怖い、俺ホントに何かやらかしたのか?)


「・・・すみません、ハナミさん。俺は何かしてしまったのでしょうか」


「そうですね・・・お酒の飲みすぎは体にも毒ですし、今度したら出禁かもしれませんね」


 えも言えぬ表情で伸を見る彼女に、移動中俺は謝り続けた。

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