夕闇の戦い(2)


「…マジで来るとは」



 仰向けで倒れて気絶している男の手足を、手早く、また簡易的ではありながら、ほどけないようにしっかりと結んで拘束しながら、式隆はこぼす。


 彼は地図の敵配置から事前にルートを決め、最短で敵を制圧する行動をとっている。

 しかし、敵配置に付いては半信半疑な部分も残っていたため、不安を抱えながら現在いる部屋に隠れていたのだが──



「信じてよさそうだな」



 男の拘束を終えた式隆は建物を飛び出し、次の敵がいる場所へと走る。



(しかしホント凄いなアイツ)



 式隆はポケットの地図を触り、背筋をブルリと震わせる。


 げに恐ろしきは、レナート・ストロスの情報収集の手腕。

 作戦の具体的な概要や人員の配置位置だけでなく、連絡方法やその手段、果ては間隔に至るまで聞き出していたという事実。


 相手の懐に潜り込むのがよほど上手いのだろう。


 だが最も恐ろしいのは──



(年単位で積み重ねた信用を、こんな形で利用できる非道さだな。ちょっと覚悟キマりすぎじゃない?)



 アイツのバックボーンとか聞いとかなくて良かった。


 式隆はしみじみとそう思いつつ家屋に忍び込み、最低限の隠密は崩さずに階段を駆け上がる。


 時間はとても少ない。ゆえに式隆は、気付かれないように制圧する闇討ちではなく、不意を付く形で奇襲し、速攻で仕留めることを決めていた。



(いるのは間違いなく、下の通りが見通せる窓の傍)



 部屋に飛び込み、あらかた予想していた位置に人影を確認するや否や、全力で突っ込む。



「──っだ、れッ…!?」



 相手の前に、緩やかにナイフを放る。その刃が、外からわずかに差し込む夕日に当たって光る。

 不意を付かれた敵は、眼前で、自分の方に回転しながら緩やかに飛んでくる凶器に、一瞬、思考を奪われる。


 その僅かな時間で充分だった。


 懐に入り、顎を揺らす形で打ち抜く。


 その一撃で、相手は頭をグラグラと揺らして白目をむき、倒れた。



「これで二つ」



(家屋内残4、屋根上・屋上に残2、残り時間4分──やはり想定通り、時間内に上は無理だな)



 北側にはもう二人、通りの反対側の担当がいる。

 屋根上・屋上は目立つため、5分以内に屋内を制圧し、その後異変に気付かれたときに、タイミングを合わせて奇襲をかけると示し合わせていた。


 現状を鑑みるに、拘束する時間も惜しい。


 いかに時間を短縮するか、と全力で頭を回転させながら、式隆は次の目標を目指す。











(──すごいな)



 日奈美の前を歩きながら、リトは内心で感嘆する。


 先ほどから、右手の建物内での敵の魔力反応が、一瞬現れては消えて、というのを繰り返している。

 おそらく、気付かれた瞬間に制圧しているのだろう。


 リトは魔力感知が出来るが、使える者の中でも精度が高い部類に入る。そんな彼が全力で集中して、僅かにしか感じ取れない程度の揺らぎだ。さらに──



(彼、気配や魔力を隠すのも上手いのか)



 式隆は移動の際に身体強化を使っているが、この作戦中は使用魔力を増やすのではなく、体内魔力の流れの加速に重点を置いて使用しているため、強い魔力反応として感知できないのである。



(どこをどう取っても熟練にしか見えない)



 リトがそんなことを考えている傍ら、日奈美は顔をわずかに上げる形で視線は動かさず、できるだけ視界に入る範囲を広げようとしながら魔力感知を行っていた。


 結局、使える魔力感知が、視界に入る範囲止まりになってしまったためである。


 魔法という技術への不安感等から、現状日奈美は、魔法による自衛の手段は持っていない。



(皆さん…式隆さん…、頑張ってください…!)



 出来ることがない自分に歯がゆさを覚えつつも、日奈美はせめてもの気持ちを込めて必死に祈り続けた。


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