ルソでの日々(1)


「あんちゃん中々やるじゃねぇか!このマルカファミリーの中でも素手での戦闘でそこまでできる奴はそういねぇぜ!」


「そ…そっすかぁ……それより水くれますぅ…?」



 息も絶え絶えといった様子で式隆は言葉を返す。仰向けで地面に転がる彼の前に立っているのは、マルカファミリーの『(肉体的)新入りたたき上げ担当』のデールである。

 2メートルを超えるマッチョの巨漢だ。「力こそパワー!」みたいなビジュアルのくせに、速い。つまり恐ろしく強い。


 式隆は元居た世界でいくつかの武道をそれなりのレベルで修得している。


 一時期、いろいろあって没頭できる何かが欲しいと強く感じた時があった。その際に、周りがドン引くほど一心不乱に武道に打ち込んだのである。


 式隆が修得したのは弓道・躰道・合気道の3つだ。おかげで対人ならばある程度は相手取れる。


 放られた木筒からがぶがぶと水を飲み、周りを見回す。


 死屍累々、としか言えない惨状が広がっていた。


 少し前に、捉えられた盗賊の一団が刑期を終えてまとめて釈放されたらしい。中々しっかりした監獄だったらしく皆更生し、マルカファミリーへの紹介状をもってこの街に訪れた。そんな彼らの新人教育訓練に式隆も混ぜてもらっていたのである。



「しっかしデールのおっさんホントつっよいわ。俺ちぎっては投げってのを初めてこの目で見たよ」


「そーゆーお前こそあまり見ない動きをしてたぞ。体格差を感じさせない立ち回りは素直にすげぇし、初見で俺の攻撃さばける奴は稀有だぜ」



 躰道と合気道の動きのことを言っているのだろう。


 アクロバティックさを織り交ぜた動きをする躰道、関節などの人体の仕組みを活かす合気道、こちらの世界に似たようなものはないのだろうか。



「ま、今日は初日だしこれで終わりで良いかな。おつかれさん!明日からはもっとキツくするからそのつもりでな!」


「…オテヤワラカニ」


「おう、3倍程度にとどめてやる。…おらお前ら起きろー!こんなんでへばるなー!」









 大まかな行動指針を定めた後、式隆はこのルソの街ですべきことを定めていた。



 ①一般常識を知る


 ②体を鍛える


 ③魔力の扱い方、ひいては魔法を知り、自分の力の正体を探る



 以上の3つである。①に関しては書物やカート家から教えてもらうことで得られるので問題はない。②はデールという相手をジールに紹介してもらったのでこちらも問題なし。だが③は…



「…あてもないし、ルソでは無理かもなー」



 魔法はありふれたものではあるが、扱える人間は決して多くはない。

 一定以上の適正と才覚、そして多大な努力が必要となるからである。


 魔法学園の入学が決まっているミーアなら、とも考えたが、入学試験は一般教養や魔法の歴史や変遷を聞かれるものだったらしい。


 適性審査もあったらしいが、そっちはいろいろと検査を受けるだけだったようだ。


 マルカファミリーにも魔法士が3人いるらしいが、今は全員出払っていると聞かされた。帰って来るタイミングはまだ分からないらしい。待ちたいのはやまやまなのだが、式隆にはタイムリミットがあった。



 『人殺し』の定期調査部隊が訪れるまでである。



 式隆はこの世界を学ぼうと街で様々な人々と交流を重ねており、それなりに有名になっている。小耳に挟んだことだが、ジールを助けた内容にかなり尾ひれがついているらしい。


 彼らも来れば必ず耳にすることだろう。この街に来て既に2週間半、定期調査部隊が来るまで残り2週間弱だ。



「もうそろそろ次の目的地の検討もつけておかんとな」



 カート家での夕飯の手伝いのことを考えながら、式隆はそう呟いた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る