第24話 毒手のヴェーム

 右手で蒸留酒を口に運びつつ、左手をファルシオンに忍ばせる。

 賞金稼ぎ稼業は常に、賞金首から狙われるリスクが存在する。いずれ降りかかる炎ならば、先に消してしまおうと考えるのだろう。

 フォニーならば、如何にして狩人の意識から外れるかを考えるが。

 悟られぬ程度に横目で観察する。

 隣の女の顔はフードで分からない。唯一ヴェールの上から僅かに見える唇には、紫に近い紅を乗せているようだ。

 長躯で、腰は絞られ胸は豊満という極めて女性的な身体付き。肌は徹底的と言っていい程に、身体の線に沿った光沢の無い黒のドレスに秘匿されている。その徹底ぶりは手袋と、フードの上から被っているヴェールにも表れている。

 賞金稼ぎは得てして知名度が低いものだが、フォニーはその中でも例外だ。各地を練り歩き、絵画や宝石を売っては悪名を轟かせている故。だから、賞金首がフォニーの顔を知っていても自然なことだ。

 女の賞金首は少なくない。もし彼女が、賞金首だとしたら。

 警戒は、次なる女の言葉によって消え失せる。


「あぁん、そんなに警戒しないで下さいませ。わたくしは同業者ですのよ」


 そう言いながら、女はフードとヴェールを少しだけずらした。

 病的と言えるほどの肌の白さ、長い睫毛と紫紺の瞳。そして烏の濡羽のような漆黒の髪色。会った記憶はフォニーには無い。しかし、その容姿から正体の推察は出来る。

 賞金稼ぎも千差万別。薔薇と巨像のように、ただひたすらに狩りに専念する者。フォニーのような、賞金稼ぎ以外でも活動している者。そして、金の為ならばどのような仕事も請ける者。この女は、最後だ。


「もしやぁ、毒の?」

「うふ、女性に毒だなんて。少し失礼じゃなくて?」


 この反応は、間違いないだろう。

 『毒手のリーサルヴェーム』。その名の通り、毒殺を専門とする賞金稼ぎ。

 その実状はどちらかと言うと、賞金稼ぎと言うよりかは暗殺者に近い。報酬次第でどのような仕事もこなし、どのような相手も殺す。

 ある時は賞金稼ぎ。依頼相手の指定する賞金首がどう逃げようとも、必ず居場所を突き留めその身体を毒で蝕む。ある時は賞金首の味方として、迫り来る賞金稼ぎを退ける。またある時は貴族を、貧民を。男でも、女でも、老人でも子供でも。

 まさに毒手。毒を扱う事において、彼女の右に出る者はいないだろう。


「久々ですねぇ……。同業ぅですか、今回だけでしょう? だぁれに幾ら積まれたんですぅ?」

「うふふ、ムカデと睦言を交わし合ったという貴族の末裔がおりましてよ。大変ご立腹で、言い値を払うから是非、と」

「でぇは、今回は味方と思ってもいいんですねぇえ?」

「えぇ、勿論」


 聞く評判としては、ヴェームには損得勘定以上の優先順位が存在しないという。だからこそ、信頼できる部分もあるか。

 彼女の言葉を鵜呑みにする訳ではない。だが、今回は確かな依頼主がいるようだし、警戒をする必要はないだろう。むしろ、標的が同じである以上協力し合える筈だ。

 彼女の言葉が全て真実であることが前提ではあるが。


「そちらはどの程度?」

「ぜぇんぜんですよぉ。そもそも、まだここに来たばかりでしてねぇえ。そう言うヴェーム様は?」


 沈黙が満ちる。彼女はフォニーの質問にすぐ答えを返す事は無く、何か物足りなさそうにショットグラスを白く細い指先で撫でていた。

 この距離で、聞こえなかった訳ではないだろう。留意すべきは、彼女が金の亡者であるという事。


「どうだったでしょうかねぇ……」

「はぁぁ…………これでっ、思い出せますか?」


 まるでベットするように机上に積んだ硬貨を、彼女は先程とは打って変わって満ち足りた表情で懐に仕舞った。


「五番街辺りの宿屋で、彼女が最後に仕事をしたことまでは掴みましたわ。ですがそれ以上のことはさっぱり」


 五番街と言うと、今いる通りの隣になる。フォニーの記憶が確かなら、労働者が多い通りだろう。

 労働者の労働先や、それらの人々の多くが住居を構える地域になる。その逆に、外から来た人間の為の宿などが少ない。その少ない宿屋さえ特定すれば、ムカデ探しは大きく進展するだろう。


「払っただけはぁありますね」

「わたくし、金銭に見合うサービスをモットーとしておりますの」

「それはぁ……金額次第でさぁあらにいい情報も得られるという認識でんよろしいでしょうか?」

「ふふっ、どうでしょう。試してみます?」


 フォニーは大金を持っているという自負はあるが、それらを常に持ち歩いている訳では無い。

 彼にとって金銭とは、命を守る鎧。その鎧を目当てに敵を作ったなど、金を稼いだ意味が無い身からだ。

 故に彼が今持ち歩いているのは、それなりの値打ちのあるアクセサリーと、往復と少しの期間の滞在分の少量の路銀のみ。

 既にそれらも公娼やこのヴェームへのチップで大部分を失った。

 アクセサリーはすぐに換金できる訳ではない。これ以上彼女に情報料を渡せば、帰りの分の路銀が底を突いてしまう。

 情報は喉から手が出るほど欲しいが、この凍える帰路を徒歩で往くのは更に面倒だ。


「んまた今度にします」

「ふふっ、毎度あり」


 これ以上グラスに手を付ける事無く、フォニーは席を立つ。


「もう行きますの?」

「私はぁ、ん早く帰るのがモットーなので」


 この街に訪れたのは昼過ぎ。そこから聞き込みを始めここに至るまで、既に数時間が立っている。

 夜になれば更に冷え込む為、それ以上の活動は不可能だろう。となると、強制的に明日に持ち越しだ。当然帰りは遠くなる。


「得意の舌が悴んじゃうものね」

「おぉや、御存じないです? 常に動いているものはぁ凍らないんですよ」


 フォニーが残したグラスを一息で空にするヴェームを横目に、フォニーはバーを後にした。一匹の小さな毒蜘蛛が、いつの間に彼の首元を這っていたことをフォニーはまだ知らない。

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