蛇足 薔薇と巨像とニセモノと

第11話 航海

 晴れ渡る空。青く澄んだ海。心地良い潮風。

 三人を取り囲む空は、雲の一片も見当たらない。どこまでも続く紺碧の青空に、眩しく照り付ける陽光は暖かい。時折陰を見せる海鳥は、まるで従軍するように三人が乗る船に追行している。

 波打つ海洋は微笑んでいるかの如く穏やかだ。陽光を乱反射し時折見せる煌めきは、正しく切り出された宝石にも勝るだろう。

 吹き抜ける風は背中に手を添えるような追い風。殆ど羽ばたかずに海鳥たちが飛べているのも、この優しい風が翼を浮かせているからだろう。そしてその風は翼だけではなく、この船の帆押してくれている。

 食糧や水も十分、天気も荒れていない。考え得る限り最高の船旅。とは行かない。


「……うぅぅ」

「また唸ってるわあの木偶」


 呪われた人形のように蹲り、呻く巨像を薔薇は他人事のようにほったらかしている。

 出航、まではよかった。いつもの調子の巨像だった。

 しかし一度沖に出れば船酔いでダウン。まだ沖に出て一度も立ち上がっていない。吐いてはいないようだが、あの防護服の中で吐いていないとも限らない。

 薔薇は密かに、今日しばらくは巨像に近付かないことを心に決める。


「おぉや! そぉうなると分かっていたのにこちらの商品を買わなかったのは、あぁなたでは?」

「アンタが金貨十枚なんて吹っ掛けるからでしょ!? 飴二つで金貨十枚なんて、ちょっと足元見過ぎじゃないかしら! そもそも! アンタから何か買うなんて有り得ないわ! 私は、お金を捨てに来た訳じゃないの!」


 甲板には巨像以外の影が後二つ。

 一人目は、言わずと知れた薔薇。もう一人は、肌の白い男だ。

 足元は裸足にサンダル。脛が出るようなカーキのパンツの左足に巻き付いている鈍色の鎖は、元を辿ると彼の腰に幾重にも巻かれたベルトに、そこからぶら下がった二振りの抜き身のファルシオンに繋がっていた。

 胸元が大きくはだけたシャツからは引き締まった筋肉が顔を覗かせている。首元には金や銀、宝石の装飾が華美なネックレスやチョーカーに、紺のファーの付いたおおよそ二の腕までの長さの黒いケープ。

 フリルの付いたカフスと、細く長い指には指輪を幾つも嵌めている。爪も塗っているのか、深い緑の光沢に覆われていた。

 道を歩けば、十人の内全員の女性が振り向くような端正な顔。深い緑の髪は染めているのか、伸びた前髪は少しだけ左眼に掛かっている。身長は巨像程では無いが、それでも比較的上背がある方だ。

 鼻は高く、ヘーゼルの瞳の三白眼は半分閉じているかのような半眼だ。両方の耳には異なるイヤリングやイヤーカフを身に付けているが、どれもこれも宝石や金銀で飾られていることだけは共通している。


「そぉうですか! でしたら仕方ありませんよぉ私にはどうすることも出ぇ来かねます……」

「フォニー、アンタねぇ……」


 独特な緩急を付けた喋り方で、その場で泣くような仕草を見せる男を薔薇は苛立ちを隠さず睨み付けた。

 贋作フォニー。大陸でも名のある賞金稼ぎの一人だ。

 賞金稼ぎに明確な優劣は無いが、大陸で最も優秀な賞金稼ぎと言えば誰かと問えば、数人は彼の名を挙げるだろう。

 生還を最もの目標とし、物資に情報、武器に仲間、ある時は戸籍をゼロから作り上げる。準備を怠らず、油断をしない。狩ると決めた獲物を逃したことは無い。同業者であれば、皆知っている事だ。


「買ったら買ったで、本物である保証は無いわ。何せあの贋作フォニーだもの」

「おぉやおやこれは心外ですねぇ!! ……――――貴女たちとの信頼関係は重視しておりますのでっご心、配、なく」

「耳元で囁かないで頂戴気持ち悪い!!!! あぁーもう! だからアンタ嫌いなのよッ!」


 彼の語るに特筆すべきなのは、やはりこの口だろう。

 その気持ちの悪い間隔の喋り方で、有る事だろうが無い事だろうがまるで本当のように話し、挙句の果てにはそこまで価値の無い商品を買わせてしまう。

 ある者は歴史上でも有名な画家が最期の時に描いた絵画、ある者はその石の中でも最も希少な色の宝石。またある者は、遥か東方でありとあらゆるものを貫いた矛。その全てが贋作でありながら、フォニーは難なくこれらを買わせ大金を得て来た。

 小物から家程巨大なものまで、甘言で騙し買わせたものは数知らず。故に知る者は、「彼は舌が五枚あるのだ」と語る。付いた通り名が「贋作フォニー」。もしくは、「五枚舌のフォニー」。

 耳打ちするような距離のフォニーを突き飛ばし、薔薇は呻き声を上げる巨像の下に歩み寄る。


「ねぇ大丈夫?」

「……無理」

「昔から船だけは駄目だったわよね……。これ」


 薔薇がパンツから包みを取り出し、巨像の前で広げて見せる。中に入っていたのは幾つかの栗色の破片。高級な菓子である。


「甘い物食べると収まるって聞くわ。高いやつだけど食べなさい」

「……いいのか? でもそれは」

「いいのよ、アンタがヘタってるよりはね。それに――――」


 彼女は横目でフォニーを一瞥する。


「アイツと二人きりは死んでも嫌だわ」

「おぉやまたまたこれは心外ですねぇえ! 貴女方にどうこうしようなぁんて考えてませぇんとも。勝てませんしね」

「うわぁぁ!? け、気配を消さないで頂戴!!」

「仕事もありますしねぇーえ! んたぁよりにしていますよ?」


 薔薇は溜め息を一つ吐くと、素早くリボルバーを抜き放ちフォニーの眉間に銃弾を放つ。しかし、彼はそれを知っていたかのようにひらりと身を翻し、素知らぬ顔で躱した。


「酷いですねぇ、いきなり撃つなんて」

「あら、一発撃っておきたいじゃない。もし避け損ねてくれたら儲け物よ」


 何故このトップクラスの賞金稼ぎが同行し、その上海を渡っているのか。答えは明白。賞金稼ぎ同士を繋ぐものは仕事、即ち賞金首以外に存在しない。

 「薔薇と巨像ローゼ・マンス」、「贋作フォニーフォニイ・フォニー」の両名はフォニーの依頼により結託し、とある賞金首を狙い船に乗っているのだ。

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