第8話 不可避の超克

「そんな壁の染みになってみる気はおありですかな?」


 胡散臭い物言いをする背後の声へ、二人はゆっくりと向き直った。

 貴族のような華美な装飾の服に、短い金髪と口髭。二人にとっては手配書で見覚えのある、天上の道導ディペンデント頭目、デルガーの顔。

 無論、彼一人だけではない。

 真直ぐ後ろに控えるのは、衛星サテライトの三人だ。そのさらに背後には、数十人にもなる彼らの私兵が、こちらに銃口を向けている。


「……あら、素敵なお誘い感謝するわミスターデルガー。だけど、遠慮しとく。貴方方を土に還す方が楽しそうだもの」

「ハッハッハッ、この状況でよく冷静に対応なさる。流石、薔薇と巨像ローゼ・マンスのお二人ですな」

「我々のような矮小な一賞金稼ぎのことをご存知とは。その深い見識には感服の意を表しますわ」


 薔薇がデルガーらの気を引いている内に、巨像は仮面の下から周囲を見回す。

 背後は壁と窓が一つ。何も無い。前には広い通路が奥まで広がっており、立ち塞がるようにデルガー等が立っている。

 その両脇には馬。二人の隣には干し草が山を成しており、荷馬車は遥か遠くだ。


「それにしても、よくここが分かったわね。私たちは毛程も痕跡を――――」

「残していない。それが証明だよ。大陸でもお前ら程腕が立つ賞金稼ぎはそうそう居ない」

「……裏切り者がいるってことかしら。なるほど、やけに静かだと思ったわ。誘われてたのね」

「おやおや、いつから裏稼業の人間を味方だと思っていたんだ、気高き薔薇よ」


 この場所に行くことを知っている者は、ユークとキッドの二人のみ。

 情報屋の掟として、依頼人を決して裏切らないというものがある。

 裏稼業は信用の世界だ。自分を売るかもしれない相手に、欲しい情報を求められるだろうか。答えは否だ。その掟を破った情報屋の末路は、例外無く決まっている。

 となると、選択肢は一つ。ものの数秒で、薔薇は結論に至る。


「ユークね」

「正解。あいつはお前ら側じゃない」


 続くデルガーの言葉で理解する。

 今まで得た情報から見るに、帝国はこの国への侵攻を水面下で密かに進めようとしている。それも、大陸全土で指名手配中の凶悪犯罪者の手を借りて。

 相当リスクのある行為だ。一個人ならまだしも、一つの国がその選択を取るには、余程の理由が必要になるだろう。なにせ、新聞にこの情報を一端でも掴まれればこの作戦は不可能だ。周辺国家からは非難が殺到することとなるだろう。

 王国侵攻を成功させねば、この試みは白日の元に晒される。そうなることを避ける為に、帝国は秘密の補給路以外にも何か策を講じていると考えるのが妥当だ。

 例えば、帝国内の人間を密かに送り込む、とか。


「まさかアイツが帝国人とは驚いたわ。人は見た目で判断できないものね」

「フッフッフッ、そうだな。俺もお前らの素性を調べて驚いたさ。こうして、初めて相対してもな。なぁ、失われたプリンセス」

「あら気持ち悪い、私のファンかしら。悪いけど握手は遠慮しているの、ごめん遊ばせ」

「それは残念だ。じゃあ代わりに……鉛玉と接吻キスでもしてもらおうか!!」


 僅かなアイコンタクトを交わし、巨像が薔薇をすぐ隣の干し草の山へと突き飛ばす。困惑の表情を浮かべたまま、薔薇は干し草の中に埋もれた。刹那、無数の弾丸が巨像に降り掛かる。

 いくら巨像の防護服とは言え、銃弾の勢いを全て殺せる訳では無い。銃弾が弾けて落ち、防護服にめり込む。

 悶えるように呻きながら、巨像はゆっくりと手を後ろに伸ばした。


「ハッ、小娘は後でやってやる。さぁ巨像! いつまで耐えられるかなァ!?」


 緩慢とした動作で巨像が掴むのは剣の柄だ。それを痛みに耐えながら取り出すと、自身の身体の前でさも銃弾を弾くように斜めに構える。

 薔薇からはデルガーが。デルガーからは薔薇が見えるように。

 干し草の隙間から様子を窺っていた薔薇が巨像の意図を察する。


「そういうことはねぇ……先に言いなさいよクソ木偶ッ!!」


 薔薇の四丁の中の二丁の拳銃は、何も予備の物ではない。

 体躯に見合わず、訓練により卓越した握力を手にした彼女ならば、四丁同時に引き金に指を掛けることなぞ、さして難しいことではない。


「距離!」

7サージェン14m。二度」


 干し草の中から薔薇が発砲する。銃口が向くのはデルガーの方向ではない。眼前にて銃弾の雨を浴びながらも尚、剣を構える巨像を目掛けてだ。

 放たれた銃弾は剣に弾かれ、軌道を九十度変える。そして、吸い込まれるようにデルガーの顔面へと。


「は?」


 鈍い音が響いた。

 困惑を遺言に、デルガーが後ろに倒れる。眉間には、四つの銃弾による巨大な穴が空いていた。

 場に困惑が満ちる。二人を除き、ここにいる全員が今何が起きたのかを理解していない。それもその筈。

 高い演算能力と、経験と、積み上げられた技術。

 軌道上の巨像の剣の角度を目算し、巨像から与えられた情報で、跳ね返った後の弾道を調整する。僅か髪の毛一本程のズレも許されない、超の付く程の精密射撃。

 彼を仕留めたのは、卓越した技術により跳弾で軌道を曲げた、薔薇の弾丸だったのだから。


「距離同じ。十五度、十二度、三百五十二度」


 再び干し草の山が爆音を発する。

 キンという甲高い音と共に銃弾は跳弾。再び、吸い込まれるようにして銃弾は衛星の三人の頭部へと。

 苦悶の表情を浮かべ衛星が後ろに倒れていく最中、困惑が私兵の間に満ちる。

 その時にはもう、巨像に銃口を向けている人間などいなかった。あるのは困惑と恐怖。相対している薔薇と巨像、その二人の未知数の強さに対して。


「う」


 誰かが銃を落とした。鈍い音がやけに大きく響き渡る。


「うわぁぁぁぁ!!」


 各々が叫びを上げながら、二人の元から走り去っていく。またある者は繋がれていた馬の手綱を勝手に手繰り、駆け去っていった。

 彼等に懸賞金は設定されていない。そんな者のために使う銃弾は、薔薇にはなかった。干し草を払いながらその山から出ると、溜め息を吐きながら銃を仕舞う。


「一瞬焦ったけど、終わってみると呆気無いわね」


 残ったのは、頭目デルガーと衛星の三人の遺体。このまま、首を持ちかえれば二人の仕事は完了だ。

 さていつものように巨像が首を刎ねようと近付いた、その時だった。


「ククク……」


 二人の動きが警戒の為止まる。

 何処からか聞こえる笑い声。その声を主を探し、二人は忙しく周囲を見回すも何もいない。あるのは馬小屋と干し草の山、それに窓。何も無い。笑う者も、いる筈がない。

 笑い声は響き続ける。


「ハッハッハ!」


 薔薇は目を瞑り、音の方向を特定しにかかる。

 馬、ではない。草の中に銃弾を撃ち込んでも、誰かがいる訳でもない。そうこうしている内に、笑い声の主は自ら姿を現した。そう、眉間を撃ち抜いた筈のデルガーの遺体が、起き上がることによって。


「ハァ……いやはや、見事だ人の子らよ」


 直立し、胸の前で手を叩くデルガー。否、デルガーだったもの。

 眉間を撃ち抜かれて無事な人間などいる筈がない。ましてや、彼に撃ち込んだ銃弾は一発やそこらじゃないのだ。計四発が、彼の脳漿を搔き乱した筈だった。

 ただ、二人の眼前のデルガーはこうして生きているかのように立ち、生きているかのように拍手し、生きているかのように二人を賞賛している。

 これが何の仕業によるものか、薔薇と巨像の二人は知っていた。


「驚いたわ。まさかデルガーが悪魔崇拝者サタニストだったなんて」

「そうではない。彼は私的な目的の為に我々と契約を結んでいる。此奴こやつに崇拝された覚えは無いな」

「その契約って?」

「何、簡単な事」


 古より聖書にて記述されているそれは、この世界に確かに存在している。

 遥か昔、神代の時代に神軍に敗れ去り地の底まで追いやられた彼らは、時折この物質界に訪れては、人々を誘惑し魂を奪う。

 様々な宗教文化に根付く、超自然的存在。悪を司るとされる、人ならざる邪悪な者達。


「復活。死の超克だ」


 人々はそれらを、と呼んだ。

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