第5話 キナ臭い情報

「立たないでよ?」


 薔薇が荷車を押しながら畑の中を進んでいく。

 荷台には山のように積まれた麻薬の原材料。に、擬装した巨像だ。森の中から何度も姿を見せぬように材料をくすね、防護服の至る所に葉を差し込んだ特製の迷彩服だ。

 そんな巨像に小さな声で語り掛けながら、怪しまれぬよう堂々と麻薬畑を進む。


「と言うか、どう?」


 視線を動かさずに薔薇は訊ねる。変装に合わせ、すっかり雑踏でよく耳にするような特徴の無い男の声だ。

 うずくまった状態でもぞもぞと身動ぎをすると、巨像は地響きのような低音でうめく。


「……かなり上質」

「これが市場に出回ってるんでしょ? 全く大変ね、大犯罪者って感じだわ」

「……喋るな」

「何ですって!? 木偶のアンタが私に苦言をていすなんていい度胸ね! いいわ! そろそろ決着を……――――」


 ハッと我に返り、辺りを見回す。幸い、彼女等の正体に気付いたらしい者はいない。


木偶でく、私を刺激しないで頂戴。アンタのせいで危うく蜂の巣になるところだったわ」

「……してない」

「く、ち、ご、た、え、もよ……ッ!!! 二度と私に逆らわないで頂戴。いいわねッ!」


 畑を横断し、事務所を通り過ぎ、問題無く荷車置き場に辿り着く。周囲を確認するも、二人を怪しんでいる兵士はいないようだった。

 荷物である巨像はそのままにし、近くにいた見張りの一人に薔薇は声を掛ける。


「収穫してきたぞ」

「ご苦労さん、リーフさんはまだ起きて来てない。収穫した草は納屋に入れておいてくれ」

「ねみぃ……こんな朝っぱらからリーフさんはどこにいるんだ?」


 薔薇が演技で欠伸をすると、見張りの男は軽く笑う。そして、釣られるように彼も長い欠伸を漏らした。

 見張りの男には眠さが残っている。きっと、遅番なのだろう。


「ハハッ、早番はズリィよな。リーフさんは本部でミーティングだそうだ」

「いいなぁ、本部かぁ」

「な、あっちにはいい女も質のいい麻薬も沢山あんだよな」

「ここのも十分だろ」

「確かに。あ、そうだ知ってるか? ここ最近、あのキャリーさんやトークさんが集まって何度も会議しているらしい」

「へぇーあのの?」


 気持ちよくなってきたのか、見張りの男は早口だ。


「何でも、交渉相手は。それも、一度全ての密輸を中止してるってよ」

「へぇ……――――」


 薔薇は会話を続けようとはせずに思案に潜る。

 交渉相手は帝国だという。帝国と言えば、この国の隣国である。ここと同じく広大な領地を有し、ここと匹敵する程の軍事力を有す大陸屈指の大国の一つ。

 表立ってではないだろうが、それが一麻薬組織に取引を持ち掛けるとはリスクが大きすぎる。


「あ、おい、鮮度が落ちる。さっさと置いてこい」

「あー悪い」


 そうして、見張りの下を離れ、薔薇は荷車を納屋の方へ押していく。


「聞いたわね? 標的が全員いるのは僥倖ぎょうこうだわ。にしても、ちょっとキナ臭いことになって来たわよ」

「……帝国か」

「ろくでなしの集まりの麻薬カルテルが上客との取引の間だからって、取引を止める訳が無いわ。多分取引の中止は帝国の指示ね。で、相手が帝国となると……輸送経路で兵隊でも運ぶ気かしら」


 麻薬カルテルの輸送経路は巧妙に隠されたものだ。現に、王国がこの一大組織を表立って潰しに行けないのも、この輸送経路が分からないからという理由もあるだろう。

 そんなルートをとなると、恐ろしい。

 透明な敵が突然背後に現れるようなものだ。その上、奇襲の対処に力を入れ過ぎれば本土より進行する帝国に対応できない。王国は苦戦を強いられるだろう。お偉いさんが麻薬カルテルとズブズブのこの国であれば、尚更だ。

 歴史上帝国は、兼ねてより幾度も王国と砲弾を撃ち合って来た。そんな帝国なら、戦争をしたがるのも理解できる。


「面白いことになったわね。こいつら放置したら、晴れて私たち二回目の亡国の民よ?」

「……知らん」

「まぁそうね。別の国にでも行こうかしら。はぁーまたコネ作るのがめんどくさいわ。あ……まずはこの仕事ね。聞いてたわよね」

「……あぁ」

「とりあえず、ここが畑だってわかっただけで大きいわ。多分ここから続くのは、新鮮な内に麻薬に加工できる近い位置に加工施設……――――」


 薔薇の推測は続く。

 麻薬の原材料である農作物の畑から最も近い位置に加工施設がある。

 加工施設により完成した麻薬は天上の道導にとって最も重要な商品。当然、頭目であるデルガーの邸宅と同じく最も厚い警備が厳重な警戒をしている筈である。

 となると、加工施設の次は訓練場であり、その次に邸宅がある。


「どこかに下水道がある筈よ」

「……おじょ――――」


 ナイフの鋭い突きが巨像の首元に振るわれる。

 まるで、金属と金属が打ち鳴らされたような甲高い音。超性能の防刃性を有すそれは、薔薇のナイフなどものともしない。


「に、ど、とッ! その呼び方をしないで頂戴ッ!! 私も一緒に行くわよ、慣れてるし森の方が安全だわ。流石に街の下水処理場と同じ施設を使っている訳ないし、独自の施設を有してる筈だわ」

「……あぁ」


 納屋の裏口から抜け出し、薔薇と巨像の二人は森に再び潜伏する。

 そうして彼女の言う通りに天上の道導が独自に用いる下水道に到着するまで、大した時間は掛からなかった。


「川に垂れ流しなんて……」


 何本ものパイプに繋がれて汚水が流れている。そのどれもが全部、ぼとぼとと音を立てて川へ繋がっていた。

 川の上流は一切の澱みの無い清流だ。夜闇の中でも僅かな光を反射して輝いている。ただ汚水を流されたそこからは違う。

 まるで土でも流したかのようだ。濁っていて、底が見えない。その上、耐え難く激しい悪臭が鼻腔を切り裂くかのようだ。


「独自の施設、いや施設って言う程近代的じゃないわね」

「……下流の村で、流行り病」

「あぁーあったわね確かに。これが原因だなんて夢にも思わなかったわ。綺麗な布ある? 一応口と鼻に巻くわ」


 装備の中から取り出した布を口許に巻き、薔薇は大きく深呼吸した。


「じゃあ、行くわよ」


 下水を垂れ流すトンネルは水の流れる音か、何者かの足音か、はたまた地獄への門か。様々な音が反響し、ごうと不気味な音を鳴らしていた。

 まるで、招かれざる客に警告するように。

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