第27話 香辛料。

 マロンの夜のメニューは肉か魚を焼いたもの、それに具材を放り込んで煮込んだスープに生野菜のサラダ、そして小麦や蕎麦粉に澱粉粉を混ぜたガレットだった。

 きっとそれがこの世界の普通の庶民のあたりまえの食事なのだろう。

 貴族の食事にしてみても、それがちょっとだけ豪華になっているだけで基本はあんまり変わらなかった。加工品、という文化はあんまり馴染んでいないようだったのだ。

 もともとソーセージなんかの加工品、燻製なんかの技術は痛みやすい食材を長期保存するために発展していったって聞いたことがある。

 料理としてのソーセージはあるけど、平民が一般家庭で普通に口にできるだけの量は流通していない。

 そもそもそれらも全て料理人が一から作っていることが多いから。


 この世界では保存は魔法でなんとかなるし、おまけに二次産業に従事する人の人口が少ないのも原因の一つかもしれない。

 服飾や武具魔法具、建築や鍛治なんかはそれなりに工房があって流通もちゃんとあるのに、食材加工の工場とかはほぼ見当たらなかったりする。

 パンやお菓子なんかでも結局お店の製造直販があたりまえ。

 どこかで作ってきたお菓子をお店で売るとか、そう言うのも農家の手作業程度の焼き菓子が出回っているくらいだ。


 ハンバーグにしてみても。

 多分ハンバーグのような概念、挽肉をまとめて焼く料理が無いわけじゃないと思う。

 なんて言ったってこの世界に多分21世紀初頭の日本人が居たことはほぼ確定しているんだし、もしかしたらあたしみたいな存在も他にもいたのかもしれないよね。

 このお店のご先祖様があたしとほぼ同時代の人だとしたら、ここと日本のあるあの世界との時間の流れがどうなっているのかはちょっと気になるけど、そんなことは考えてもしょうがない、か。

 でも。

 この世界に確かにハンバーグステーキという料理があって、多くの人がそれを食べたのはもう間違いない事実なのだから。

 人は全く無いものを想像するのは難しいけど、食べたことのある食べ物だったらたとえレシピは分からなくても似たようなものを作り出すことはできるだろう。

 挽肉というもの自体は普通に存在していてお料理にも使われていたし。

(っていうか、お肉を包丁でたたいてたたいて細かくして食べやすくしたもの、そういう意味で挽肉はちゃんと普通に料理方法として在った)


 問題は、香辛料の類かな。

 あたしの魔法で味を整えちゃったら再現したことにならないから。

 ご先祖様だってこの世界にある香辛料を使ったのだろうし、厨房にその辺色々残っているといいな。そんなことを考えながらジェフさんに案内され厨房に入れてもらったあたし。

 棚に並んだ香辛料の瓶、その量にびっくりした。


「こ、これって……」


「はは。すげえだろ? うちの爺さん、香辛料マニアでね。古今東西あちらこちらから集めに集めたコレクションだ。正直使いきれねえだろ? って言ってやったんだけど、爺さんにとっちゃ文献にある香辛料は手にとって眺めてみないと気が済まなかったそうでね。中にはもう風味も落ちちまって使えないものもあるが、そこはそれ。瓶にはどこから仕入れたかどこで取れるのかとかそういう情報も書いてある」


 ドヤ顔でこちらを見つめるジェフさん。

 あたしも思わず笑顔になる。


「これだけあれば、ご先祖様の料理の再現も楽になるかもです。全く同じ味とはいかないかもしれませんけど、あの絵と同じようには作ってみせますわ」


 まずはハンバーグステーキにしよう。

 付け合わせにナポリタンスパゲティとポテトフライもついてて、たっぷりのデミグラスに目玉焼きがのってる。あの絵のように。

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