第19話 犯罪者

 学園区画の住人たちが逃げ出す方向とは反対に、俺たちは走っていく。

 視界の先にいる数名の私服警備が、大型のショッピングモールの中で足を止めて中へと入って行く。


(……ここで何が?)


 先を走っていたルゴットたちも足を止めた。


 瞬間――ドガアアアアアアアアン!!


 耳を劈(つんざ)くような爆発音が響き、自動ドアが吹き飛んでくる。

 爆風と共に舞い散るガラス破片が、俺の目にはスローモーションで流れていた。

 吹き飛んできた自動ドアが、立ち止まっていたルゴットとミルフィーに一瞬で迫っていく。


「ルゴットくん、ミルフィーさん!?」


 悲鳴にも似たアネアの叫び声は爆音に掻き消され、二人には届いていなかっただろう。

 だが、自動ドアが衝突する直前。

 ルゴットはこの状況でも臆することなく、冷静にデバイスを起動して魔術を展開していた。

 透明な防壁が彼らを覆った――その直後、ルゴットたちは爆風に飲まれる。

 そして、何かと衝突したような音が聞こえたかと思うと、爆風から飛び出すように自動ドアが弾け飛んだ。

 二人の中心から煙を払うような風が舞った。


「――あっぶねえ!」


 煙が晴れると中から、二人の姿が見えた。


「二人とも怪我はないか?」


「おう! この程度なら問題ねえよ」


「大丈夫です。

 ルゴットくんのお陰で助かりました」


 確認してみたが二人とも傷一つない。

 ルゴットは防御に特化した魔術を使うのかもしれない。


「あぁ……ルゴットくんもミルフィーさんも、無事で本当によかった」


「悪りぃな。心配掛けた。

 ……しっかしよぉ、こりゃテロでもあったのか?」


 そう考えて間違いないだろう。

 まさか学園区画でこれほど大きな事件を起こす犯罪者がいるなんて。


「お……なんだ? まだ誰かいやがるのか? 全員、爆殺してやったと思ったのによぉ」 


 ショッピングモールの中から、金髪の長身痩躯の男が姿を見せた。


「きひひひっ、ラッキーじゃん。

 まだまだ暴れたりなかったんだ」


 その男は、まるで狩りでも楽しむように、下卑た笑みを浮かべ俺たちを見据える。


「お〜〜〜いいねいいね〜〜〜〜若い柔肌、切り裂いてあげたくなっちゃうなぁ」


「……まだ子供じゃないか

 もう物資の奪取は済んだんだ……このまま戻るぞ」


 続けて白髪の男と、赤髪の女が姿を見せる。

 さらに、その後ろから十名以上の犯罪者たちが姿を現した。

 そのほとんどが日本人……だが、リーダー各の三人のうち男二人は国外の人間のようだ。


(……これだけ警備の厳重な学園区画に、これだけの人数の犯罪者が侵入したのか?)


 もしそれを可能にするなら、俺と同じく身分を偽装するしかない。

 だが、イギリカのセキュリティを突破するには、それ相応の技術が必要になる。

 無法区画に情報技術に特化した人間は少ないだろう。

 だとすると――


「おい、ガキども……直ぐにこっから消えるなら、爆殺しないでおいてやるよ」


 下卑た笑みを浮かべながら、痩せた男は俺たちを威圧する。

 その自信に溢れる姿は、自身が絶対的な強者だと物語っているようだった。


「一つ聞いていいか?」


「あん?」


「……中に怪我人はいるか?」


「あ~どうだろうな? 邪魔だった奴らは全員爆殺してやったが?」


「全員って……」


 アネアは声を震わせ、その衝撃に両手で口を覆った。


「外道が……テメェらみたいなクズは、生きてる価値すらねえ」


 ルゴットの顔が怒りに歪む。

 言葉にはしていないが、ミルフィーもこのテロリストたちに厳しい視線を向け、強い嫌悪感を露わにしていた。


「……ああ、そうか」


 死傷者は確実というわけだ。

 このグループの大半が日本人であることを見るに、おそらく奴らは無法都市の犯罪者だろう。

 同郷のよしみで、これが生きる為に必要な物資の略奪であったなら、逃がしてやってもよかったが――これでもう、助ける理由はなくなった。

 俺たちは――セブンス・ホープは虐殺を容認しない。


「ここは俺一人でいいから……三人はモール内の生存者の確認を優先してくれ」


「でも……ヤトくんを一人には――」


 アネアは俺を心配してくれているようだが、


「俺は大丈夫だ。

 その証拠を今から見せてやる」


 それは杞憂だということを、これから結果を持って応えよう。


「ねえ……そんな無駄話するならさぁ~見逃してあげる必要ないだろ?

 僕が直ぐにでも切り刻んで――」


「とりあえずお前……」


 名前も知らない白髪の男の目が驚きに見開かれた。

 この男には俺の動きが見えなかったのだろう。

 なぜお前が目前にいるのかと、男の顔が訴えている。

 だが、答える必要はない。


「な、なんで――」


「もう黙れ」


「――ぁ……」


 片手で顔を掴んで、力任せに地面に向かって叩き落とした。

 ドゴッ――と鈍い音が響き、顔面が地面にめり込む。


「次は――」


 モールを塞いでる十名の犯罪者に目を向ける。

 それと同時に、コンタクト型デバイスの魔術を一つ起動した。

 起動するのは誘眠――俺の視界に捉えた者たちを一斉に眠らせる魔術だ。


「ぅ……なん、だ……」


「急に眠気が……」


 バタ、バタバタ、バタバタバタ――と、犯罪者たちが一斉に倒れていく。

 便利な魔術だが、魔術抵抗力が高い相手には通用しないのが難点だ。


「今のを……ヤトくんが……」


 アネア瞳には驚愕と、憧憬とも取れるような目の輝きが見えた。


「これで証明できたろ?」


 淡々と俺が口にすると、アネアは呆然としていた意識を引き戻すようにはっとして、


「――わかった。

 私たちは生存者の確認を優先するから――でも、ヤトくん、気をつけて」


「ああ」


 俺が頷くのを確認してから、アネアたちはショッピングモールに向かって走り出した。

 それを止める者は誰もいない。

 いや、既に目に入ってすらいないだろう。

 何故なら残る二人の敵が脅威とみなしているのは、俺だけだからだ。


「来ないのか?」


 二人ともその場から一歩も動かない。

 だから俺の方から近付いていく。

 だが、俺が近付くたびに、二人は後退ってしまう。


「オレが……恐怖しているのか? お前は、何者なんだ?」


「ただの学生だが?」


「ただの学生……って、そんなわけ、ないでしょ!」


 答えた俺に、赤髪の女犯罪者が声を震わせる。

 彼女は理解しているのだろう。

 俺との埋めようのない実力差を。


「さて……」


 俺がデバイスを取り出して、男犯罪者を視界に捉える。


「とりあえず、お前は生かしてやるつもりはない」


「はっ――ひゃははははははっ、随分と上から目線で物を言うじゃねえか!

 だったらよおおおおおっ――」


 もう、自分が生きる道はない。

 それを悟ったのか狂気の笑みを浮かべて俺に特攻してきた。


「――テメェを殺せば、いいだけだろうがああああっ!」


 爆殺と口にした通り、男の手から炎が吹き上がった。

 その炎は次第に球体のような形に変化していく。


「ばぁぁぁぁあああくさぁぁぁぁつ!!」


 狂うように絶叫しながら、動かない俺に向かって、イかれた犯罪者が炎球を腹部に叩き付けてくる。


 その瞬間――バアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!


 爆裂音と共に炎球が弾けた。

 必殺の一撃を俺に与えて、男はニヤッと笑う。

 だが、直ぐにその顔は凍り付き目を見開いた。


「……威力は悪くないみたいだな」


 男は腹部に違和感を覚えたのだろう。

 視線を下げて、違和感の正体を探ろうとしていた。

 だが見ない方がよかっただろう。

 何故なら、


「なっ……な、ん、でぇ……なんで、だよぉぉおっ……」


 その腹部には、ぽっかりと大穴が開いているのだから。


「これまで多くの人を、同じように殺してきたんだろ?

 そんなお前には――お似合いの末路じゃないか」


 手に持ったデバイスから、俺が起動した魔術は魔法反射(リフレクター)。

 互いの魔力量を比べて自分が上回っているなら、相手にその攻撃が反射する。

 反射した魔術は、自身に命中した部位と全く同じ場所に必中する。

 もし負けていた場合、こちらが回避不能なダメージを追ってしまう。

 ハイリスク、ハイリターンの諸刃の魔術。


「折角の……チャンスだった、のに……オレたちが、また、のし上が……」


 全て言い終えぬまま、力の抜けた身体が地面に倒れ伏した。


「……あとは、あんた一人だ」


「っ……」


 俺と目が合い、女は息を飲んだ。

 自分も仲間と同じ末路を辿ると感じているのかもしれない。


「条件次第では、あんたを助けてやってもいいと思ってる」


「条件?」


 戸惑う女犯罪者に構わず俺は言葉を続ける。


「今から質問をするからそれに応えろ。

 まず、お前は何人殺した?」


「…………」


 返答に悩んでいたのだろう。

 何をどう答えるべきかで自身の命運が決まるのだから。

 だが、直ぐに女は考えることをやめたように頭を振った。


「……一人だ」


 嘘ではないだろう。

 もし嘘を吐くなら、誰も殺していないと言ったほうがいいに決まっている。


「相手は?」


「私服警備隊だと思う。

 明らかに訓練されている動きだったから」


 民間人を襲ったわけではないか。

 なら、まだ生かしておく価値はある。

 とはいえ、それもこの女を利用する為だが。


「学園区画にはどうやって侵入した?」


「……それは……」


「答えられないのか?」


「……答えればあたしは殺される。

 それに仲間を売るつもりはないよ」


 自分の死よりも仲間の安全、か。

 こいつなら利用しやすそうだ。


「なら、もう行っていいぞ」


「は? な、なに言ってるのよ?」


「助かりたくないのか?」


「それは……」


「後ろから襲ったりはしないさ」


 警戒心を残しながらも、赤髪の女は直ぐにこの場を去っていく。


「……とりあえず……警備隊にこいつらを引き渡すか」


 眠っている犯罪者たちは末端だろう。

 大した情報は持っていない。

 邪魔になればいつでも切れる程度の奴らだ。


(……なら、残すべきはリーダー格)


 この事件の首謀者がいるのなら、繋がっている可能性が高い。

 そして口を割るなら死を選ぶだろう。


(……だからこそ、捕えさせてはダメだ)


 暫く泳がせて、首謀者と接触したところを確保すればいい。

 コンタクト型デバイスで彼女をスキャンした際、マークという魔術を掛けた。

 マークした相手の座標位置は常に特定可能となる。


(……あの女がどこへ行くか……暫く様子を窺っておこう)


 そう決めて、警備隊に連絡しようとした時だった。


「おい!」


 突然、踵を返した女がこちらへ戻ってきた。

 どうしたのかと俺が問うよりも早く、


「モール内に……爆弾が仕掛けられてる。

 友達を助けるなら、急いだほうがいい」


 俺が予想もしなかったことを口にした。


「っ――残り時間は!?」


「……おそらく、あと5分もない……すまない」


 女はそれを伝えて、こちらの返事を待たず姿を消した。


「マジかよ……」


 まずは三人に、爆弾のことを伝えなければ。

 俺はアプリを開きながら駆け出して、ショッピングモールの中に入った。

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