第14話 呼び出し

     ※


 午後の授業は特に問題なく時間が過ぎた。

 そして本日の授業は全て終了。

 ホームルームも大きな連絡事項はなく、担任のミラから解散が告げられた。

 ただし、


「ヤト・イラークくん。

 少し話があるので、教室に残ってください」


 俺以外は、だ。


(……きたか)


 どこかで接触があるとは思っていた。

 だからこそ、動揺は一切見せない。


「わかりました」


 俺は淡々と返事をする。


「……ヤトくん」


 クラスメイトが教室を去っていく中、アネアが俺の名を呼んだ。

 放課後は彼女と話をする予定だったので、それを気にしているのだろう。


「悪いな。

 改めて連絡するから」


「……うん、待ってるね」


 最低限の必要な話を済ませると、アネアも教室を出て行った。

 これで残っているのは俺とミラだけ。


「これで二人きりだね」


 言いながら、教壇に立っていたミラが近付いてきた。

 歩きながら彼女はデバイスに触れた。

 すると、教室の扉が閉まりロックが掛かる。


(……教師はこんな権限も持ってるのか?)


 この場から逃がさない。

 そう言われている気がした。


「先生、話っていうのは?」


「言わないとわからない?」


 ミラは俺の席の前で足を止めた。

 そのクールな表情から、感情を読み取ることはできない。

 俺から話を切り出すのを待っているのだろうか。

 だが、話すことはない。


「リカルドくんの話でしょうか?」


「それに関してはもう済んだ話。

 ルーラーはもう裁定を下したから」


「生徒間に生じたトラブルに関して、具体的な詳細を聞く必要はないと?」


「そう。

 ルーラーは学園内の全てのデータを記録している。

 もし必要ならそれを確認すればいいだけ。

 少なくともこの支配者の学園に置いて、最終的な決定権は全てルーラーが持っているから」


「全て……ですか」


 だとすれば、ルーラーが裁定を下せば生徒以外も排除することができるのだろうか?

 恐らくだが……それを聞いても、答えては貰えないだろう。

 なら質問を変えて聞いてみるか、


「仮にですけど、もしここにパンゲア皇帝がいたとして……ルーラーが裁定を下せば皇帝は処分されるんでしょうか?」


 俺が質問するとミラの表情に微かな変化があった。

 意外なことを言われたみたいな、不思議そうな顔をしている。


「……考えたこともなかった」


 少しの逡巡のあと、ミラは答えた。


「でも皇帝に処分を下すというのは不可能に近いと思う。

 もしルーラーがこの世界で最も価値の高い人間を選定するとしたら、世界最強の力を持ったパンゲア皇帝だと思うから」


「もし……その価値が揺らいだなら、どうなるのでしょうか?」


「……ルーラーは処分を下すと思う」


 なるほど。

 パンゲア皇帝すら処分すると言うなら――教師が相手でもそれは変わらないだろう。

 ルーラーを利用できれば、生徒以外を処分することにも使えるかもしれない。


「本当に怖いシステムですね」


「……人に価値を与えるというのは、人を物だと考えるのと一緒だから。

 だからこそ人はより人を見なくちゃいけない」


 人がより人を、か。


(……面白いことを言うな)


 まるでルーラーが見いだせないものに、ミラは価値があると考えているみたいだ。


「質問はここまで。

 今度は私の質問に答えて」


「俺にわかることなら」


「……昨日の話って言えば、わかる?」


 無駄話は終わりとばかりに、本題に入った。


「いえ、なんのことでしょうか?」


「惚(とぼ)けるんだ」


 信じるわけがない。

 明確に顔を見られている。

 それだけじゃない。

 よりにもよって、偽名のほうを名乗ってしまった。

 この少女が学園の教師などと、あの時の俺は微塵も思わなかったから。


「なら、無法区画であなたを見たことを報告する。

 そうなれば最悪、退学になるかもしれない」


「なんのことかわかりません。

 そもそも、俺の退学を決めるのはルーラーなんじゃないですか?」


「……教師にもそれなりの権限は与えられてる」


 今それを調べる手立てはないが、ミラの発言は事実の可能性は高いだろう。

 だが、


「だとしても、ルーラーが俺の退学を認めるかはわからない。

 俺が自分の価値を証明することができるなら」 


 それがルーラーの裁定を超えることはないだろう。

 皇帝すらも処分することができるというなら、ルーラーの決定は絶対なのだから。


「余計な情報を引き出されちゃった」


 淡々と言いながらも、ミラはほんの少し拗ねたような口振りだ。


「俺はただ質問しただけですよ。

 もう帰ってもいでしょうか?」


 俺が立ち上がると、


「ダメ」


 服の裾を引かれた。

 まさかダメと言われるとは思わなかったので、思わず足が止まる。


「あなたのことは絶対に何も公言しないと約束する。

 だから――お願い。

 知っていることがあるなら、何か教えてほしい」


 変わらぬ淡々とした口調。

 なのに今の言葉には、懇願するような、強い想いが秘められている気がした。


「何度聞かれても答えは変わりませんよ。

 俺には、先生が何を言ってるかわかりません」


「……お願い。

 無法区画、セブンス・ホープ、大罪の王……あなたがこの中で、何かを知っているなら教えてほしい」


 教師という立場のこの少女が、これほど必死に願って、一体、何を知りたいのか?

 何をしようとしているのか?

 そのことに関しては少しだけ興味が湧く。


「もし協力してくれるなら……私が出来ることなら、なんでもする」


「だから、俺は本当に……」


「今から証拠、見せてもいい」


「証拠?」


 すっ――と、絹擦れの音が聞こえた。

 その場で服を脱ぎだす。

 なんの躊躇もなく、ミラは下着に手を掛けた。


「ちょっ!? な、何してるんだあんた!」


 慌ててミラの動きを止める。

 初めて、彼女としっかりと視線が合った。


「私には大切なものなんてほとんどない。

 だから、私の全部をあなたにあげる。

 これが――その証拠」


 何を考えてるんだ。

 ただ、俺が無法区画にいた。

 そのことを認めさせるだけなら、こんなことをするはずない。


「これだけじゃ全然足りないなら……他のことでもいい。

 あなたが命じることを、私はする。

 たとえこの学園を辞めることになるとしても」


「……なぜ、そこまでするんだ?」


 本当に、これはただの興味。

 だけど聞いてみる価値はあると思った。


「セブンス・ホープと大罪の王は、両親の仇だから。

 必ず復讐する」


 考えてもいなかった返答。

 だが、その言葉に嘘などないことは、彼女の真っ直ぐな瞳が証明していた。

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