第9話 アセス

「時間がないから、必要なことだけ簡単に説明するよ」


 さっきまでのトラブルなどなかったように、ミラはテキパキと説明を始めた。

 俺も動揺を見せることはない。

 今は面倒なことは考えるのをやめて、ミラの言葉に集中する。


「まず、学園の専用アプリケーション『アセス』をインストールしてほしい」


 ミラが言うと、机にアプリのインストールコードが浮かんだ。

 生徒たちが各々、デバイスでそれを読み取るとアプリのインストールは終わった。


「できたら、アセスを起動して」


 俺はアプリを起動する。

 デバイスのディスプレイに様々なデータが表示された。


「まず覚えておいてほしいのは学園市場に関して。

 その項目を選択すると、生徒の『価値』を確認することができる。

 学園市場では既に、あなたたちの価値を売り買いできるようになってるよ」


 多くの生徒が今、自身の価値を確認しているだろう。

 価値を失えば即退学となるだけでなく、その後の人生にも大きな影響を与える。

 だからこそ、自身の初期評価がどの程度なのかを知っておきたいはずだ。

 高ければ単純に退学のリスクが減るのだから。


「自分を調べたいなら、自身の認証番号を入力すれば表示される」


 俺の認証番号は1A35だ。

 試しに入力してみると、俺の価値が表示される。


 学園市場価値2100万円。


 これが俺の現在の価値だ。

 そして自身の価値の移り変わりがグラフとして表示されている。

 始値は2000万円。

 それが現在2100万円。

 俺の価値はなぜか上昇していた。


「あなたたち生徒の価値は一定ではなくて、常にルーラーは算出している。

 そして、決められた金額で国民は生徒の価値を購入することができる。

 購入数も自由だけど、買われた数、売られた数で価値が変動することはない。

 価値を決定するのは、あくまでルーラーということを忘れないで」


 さっきリカルドの価値が下がったのは、売り注文が殺到したからではなく、ルーラーが算出した評価が下がり続け、最終的に価値が0になったということか。


(……なら、逆に俺の価値が上がった理由はなんだ?)


 アネアを守ったように見えたことが評価に繋がったのか?

 それとも、


(……まさかとは思うが、俺がリカルドを追い込んだことを、システムが気付いたのか? いや、それは考えすぎか?)


 システムが価値があると判断する明確な評価基準。

 今後はそれを見極めていく必要がありそうだ。


「それと、あなたたちの価値に基づいて配当が口座に振り込まれてる。

 試しに今度は、アセスから口座を確認して」


 続けて口座を選択すると残高が表示された。

 金額は21万円。

 学生が持つには多すぎる金額が振り込まれていた。


「配当は毎月振り込まれる。

 それがみんなの生活費になる」


 衣食住はこれで賄えということか。

 となると、配当が少ない生徒は人間らしい生活すら困難になる可能性がある。

 いや、そうなった時にはおそらく、退学が確定するか。

 最低限度の生活もできない価値のない生徒――ルーラーはそんな評価を下すだろう。


「あと、この学園の敷地内で『現金』は使えない。

 何か欲しい場合はアセスを使って購入して」


 現金が使えない……か。

 他にも何か制限はあるのだろうか?

 いくつか疑問が浮かんでくる。


「それと各学期には、その時点での価値の半分が特別配当金として振り込まれる。

 そして――卒業式では自身の価値の分だけ報酬を受け取れる。

 それがどれだけ莫大な金額であってもね」


 一瞬、教室がざわついた。

 普通の高校生が受け取られる金額ではない。

 お金というのは明確なモチベーションになる。

 実際、クラスメイトたちの高揚した様子を見れば、それは明確だろう。


「次は依頼に関して。

 この学園ではアセスを通して依頼を受けることができる。

 それぞれの依頼で難易度は異なるけど、高難易度の依頼は高い報酬を得られる。

 あとは成果次第で、学園市場の価値が上がったり、かな。

 受けるも受けないも個人の自由だから、深くは気にしなくてもいいかもね」


 アセスで依頼という項目をチェックする。

 様々な依頼が確認できた。


「ちなみに自身が依頼者になることもできる。

 でも、報酬を出す必要があるから注意して」


 生徒自身が依頼を出すことも可能なのか。

 人手が欲しい場合など、使い道はあるかもしれない。


「最後に一つ。

 稀に各生徒に指名で、指令が入ることがあるの。

 もし指令が届いた場合、それは絶対に達成して。

 達成できなければ大きなペナルティがあるから」


 教室がざわつく。

 大きなペナルティとはなんなのか?


「先生、指令ってのはどんな内容になるんだ?」


 クラスの生徒を代表して、ガタイの良い男子生徒が質問した。

 皆が気にしていたことを敢えて確認してくれたのだろう。


「内容は届くまでわからない。

 でも、指令は絶対にこなすこと。

 指令を達成することで生徒は様々な報酬を獲得できる。

 それと届いた指令に関して口外してはダメ。

 もしそれが第三者から学園側にリークされた場合、あなたたちの価値は消える」


 騒がしくなっていた教室が、生徒の驚愕で揺れた。

 価値が消える。

 それは退学――いや、この学園の生徒にとっては、人生の終わりを意味しているのと同じだからだ。


「そしてリーク者は価値を失った生徒を自分の奴隷にできる。

 奴隷の資産に関してもリーク者に全て譲渡されるの。

 自身の価値を落とさない限りは生涯ね」


 指令のリーク。

 それは、退学よりも悲惨な結末が与えられているのかもしれない。


「もう一度言っておくよ。

 指令は絶対にこなすこと……これは絶対に守ってね」


 だからミラは、これほど念を押すのだろう。


「それじゃ、必要な説明はこれで終わり。

 慌ただしくなっちゃったけど、学園に関わることならアセスで確認できるから。

 それでもわからないことがあれば、後日質問してほしい。

 答えられることなら教える」


 ミラが念を押して伝えたところで、朝礼終了のチャイムが教室に響いたのだった。


     ※


 気付けばもう昼休み。

 朝礼から四限までの授業はあっという間に終わっていた。

 授業内容に大きな問題はなかった。

 これなら勉強ができず、自身の価値を落とすということはないだろう。

 だが……価値以前に今は大きな問題がある


(……それはミラ・ルネットの存在だ)


 彼女は急遽学園の教師を務めることになったイレギュラーだった。

 本来、Aクラスの担任は別にいたが突然退職してしまったらしい。

 俺の持っていた情報と差異があったのはその為だろう。


(……なぜミラは無法区画にいたんだ?)


 彼女はセブンズ・ホープについて調べているようだった。

 そして罪の王についても口にしていた。

 無法区画に住む人間でれば、罪の王は知らぬ者のない恐怖の存在だった。

 力で無法区画の犯罪者を支配する最強の犯罪者。

 その力は無法区画のみならず、一時はイギリカ人の住む一般区画にまで多大な影響を与えていたと噂されるほどだった。


(……ミラには何か独自の目的があるのは間違いない。

 状況次第では敵対することになる……が、どう対処する?

 いや、それ以前に今考えるべきことは……ミラが俺と無法区画で出会ったことを第三者に漏らした場合に発生する問題についてだ)

 

 それが切っ掛けで余計な詮索をされた場合、俺の経歴詐称がバレるかもしれない。

 学園の退学は確定的。

 そうなれば、学園のシステムを使った資金稼ぎの計画が全て白紙に戻ってしまう。


(……いや、それだけじゃない)


 最悪、俺の出自に辿り着かれる可能性がある。

 そうなればイギリカ軍は主力部隊を出してでも、全力で俺を捕らえに来るだろう。

 俺は、奴らが欲してやまない『災厄の鍵』を持っているのだから。


「ヤトくん、どうかしたの? なんだか難しい顔、してるみたいだけど?」


 今後の対応策を考えている途中、アネアが不思議そうに話し掛けてきた。


「……ああ、少し考え事をな」


「そう、だよね。

 私も正直……授業に集中できなかった。

 あんなことがあったんだもん……色々、考えちゃうよね」


「うん? 何か、あったか?」


「何かって、リカルドくんのことだよ。

 気にしてたんじゃないの?」


 え? リカルド? 誰だ……って、ああ。


「そ、そうだな。

 まさか初日から退学者が出るなんて……」


「言っておくけど、あれはヤトくんのせいじゃないからね!

 彼の自業自得だよ」


 それはその通り。

 というか、俺は全く気にしていない


「ヤトくん……改めてお礼を言わせて。

 さっきは庇ってくれてありがとう……嬉しかった」


 本当に嬉しそうに、アネアは笑った。

 少し頬が赤い気がする。

 だが、突き飛ばされたアネアを支えたのは当然のことで。

 言ったことは本音であっても、リカルドを挑発したのは俺自身の為だ。

 あの男の退学によって、学園のシステムへの理解は増したのだから。


「……そ、それでなんだけど……よかったら私と……お昼、行かない?

 あ、あの……お礼! 助けてくれたお礼、したいから」


「お礼されるほどのことはしてないぞ?

 だが……そうだな。一緒に食べるか?」


 今後の付き合いがどの程度続くかわからない以上、断る理由はないだろう。


「ほ、ほんと! なら、一緒に食べよ。

 食堂で、いいかな?」


「ああ、一度使ってみたかったので、ちょうどいい機会だ」


 俺たちは食堂へと向かった。

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