第5話 新たな門出

     ※


 たまに話がそれることもあったが、七希しちき会議は無事に終わった。

 部屋に戻り、今日の会議で出た意見とそれに対しての決定をまとめた。

 あとは皆に必要な連絡を送れば、今日の作業は終わりだ。


(……ついに、計画は次のターンへ進む)


 無法区画に流れ着いてから十年。

 決して短くはなかった。

 だが、当初の想定よりは早く、パンゲアに対抗する為の組織形成に移れている。

 無法区画で、俺に生き抜く力をくれた恩師との出会いを経て、今に繋がる最高の仲間を得た。

 そして運という第三のファクター。

 全てが上手く回ったからこその今があった。

 その中で絶対的に足りないのは――上級国家に対抗する為の資金力。


(……組織の運営資金を得る為にこの先、俺がどれだけ上手くやれるか)


 失敗は許されない。

 明日からの学園生活――俺は最大限の成果を収めてみせる。


 ――コンコン


 ノックの音が聞こえた。


「あ、あの……大和……いいかな?」


「恋か?」


「あたしもいま~す」


「や、大和様、私も……というか、全員、来ちゃってます」


 七希議会を除き、全員が集まるのは珍しい。

 普段はそれぞれの役割を最大限に全うしているからだ。

 俺たちは超大国に対抗する組織を作ろうとしている。

 やらねばならないことは山ほどあるのだ。


「……何か問題でもあったか? いや、とりあえず入ってくれ」


「うん。じゃあ、お邪魔します」


「せ~んぱい、来ちゃいました」


「お忙しいところ、申し訳ありません」


「皆さんが、壮行会を開きたいというので……」


「ささやかなものになりますが……大和様の為に何かできないかと」


 しかも、豪華な料理や飲み物――ケーキまで用意されている。

 無法区画では手に入れるのが大変なものばかりだ。

 様々なルートを通って、この日の為に用意してくれていたのだろう。

 俺の為に、本当に色々と考えてくれていたらしい。

 なら、受けないわけにはいかない。


「ありがとう、みんな」


 この無法区画で、日々命の危険に晒されながらも、俺が笑うことを忘れずにいられるのは……みんながいてくれたから。

 それを改めて実感させてくれる一日になったのだった。


     ※


 翌日。

 予定通り無法区画を出た俺は駅へ向かう為、一般移住区を歩いていた。

 一般移住区というのは、パンゲアから移住してきた一般市民が暮らす場所だ。

 この辺りは整備も進み、発展すらしたような巨大建造物が立ち並んでいる。

 だが、見た目がどれだけ美しくなろうと、この区画を見る度に日本人の心には大きな傷跡が刻まれる。


 こことは別に、支配階級が住む上級区画もあった。

 上級区画は一般市民以下は立ち入り禁止となっており、警備もかなり厳重。

 第二十三パンゲア総督府が置かれているのも上級区画だ。

 明確に区画分けされているが、パンゲアは能力主義の国家だ。

 力を証明することが出来るなら、それ相応の対価を与えられる。

 貧民が一気に上流階級へと駆け上る――夢を見られる国でもあるが、パンゲア国民の間でも貧困差は社会問題の一つになっていた。

 だが不平不満の矛先は同じ国民ではなく、更なる弱者へと向いている。


 その矛先となるのが『隷従区画』にいる日本人だ。

 この区画は奴隷のような扱いを受けながらも、生きることを選んだ日本人の住処。

 人々は名前を奪われ番号で管理され、パンゲア人を支える為だけに強制労働をさせられていた。

 同じ日本人からも誇りを捨てたと罵られ、最も辛い立場に身を置いた者たちかもしれない。

 だが、全ての人々がそうであるわけではない。


(……誇りを捨ててまで、生きることを選んだ。

 守りたいものがあるからこそ、苦渋の決断をした人々もいる)


 実際、隷従区画の中には日本軍残党やテロリストの支援者も存在する。

 表向きは従順な奴隷として振る舞いながらも、怒りを忘れることなく、反撃の機会を伺っているのだ。


(……希望を捨ててはいない者は、今もこの国に存在する。

 だけど……)


 国を奪われ、住む場所を奪われ、名前すら奪われる。

 日本の都道府県や市町村の呼称すら消えた。

 現在は北部、中部、南部の三つに分かれて管轄されており、それぞれに駐留軍が置かれている。

 日本が日本人の国であった証明が消えていく。

 いずれは歴史の中からも。

 この状況で唯一、希望があるとするなら、未来へ繋がる子供たちだろうか?


(……だが、今のままでは、日本人が希望を失うのも時間の問題だ。

 その光が消えないうちに、俺は更なる力を得なければならない)


 目指すべきは支配からの脱却。

 日本の独立――だが、一時的に国を取り戻せたとしても、パンゲアに完全勝利する為の力がなければ意味がない。


(……と、もう着いたか)


 駅に到着して改札へ。

 そこでデバイスをかざすと改札口が開いた。

 問題なくセキュリティを突破。

 本来、日本人は電車に乗ることすらできない。

 が、デバイスにはパンゲア人として偽造した俺の個人情報が入っている。

 優秀なハッカーであるサクラの情報操作は完璧で、これを使えば一般人に紛れ込んだ生活が可能だ。


(……勿論、偽造は偽造。当然、リスクはある。

 だが、そのリスクを飲んだとしても、与えられるメリットは大きい。

 今日から通う学園へ入学できるのも、この情報操作があってこそだ)


 この計画を実行するまで全てを慎重に進めてきた。


(……だからこそ失敗は許されない)


 改札を入って直ぐ七番ホームへ。

 直ぐに学園へ向かう電車が到着した。

 車内は思ったよりも空いていた為、俺は入口の近くの席に座った。

 電車は静かに揺れている。

 周囲には同じ制服を着ている生徒を何人か見掛けた。


(……学園、か。

 考えてみれば、教育施設に通うのは初めてだな)


 パンゲアに占領されて十年。

 多くの子供たちが教育を受けるを……いや、日本人が多く者を権利を失った。

 一部、パンゲアへの従属を誓った者たちには、特権を与えられ最低限の生活は保障されている。

 だがそれは、パンゲア人からの支配を――奴隷以下の扱いを受け入れることを意味していた。


(……今の日本人に残されている道はそう多くない)


 誇りを守り日本人として死ぬ道を選ぶか。

 誇りを捨て支配を受け入れ生きる道を選ぶか。

 俺のように無法区画に逃げ、いつ死ぬかもわからない世界に身を置くか。


(……この選択肢の中に最善などない)


 だが、死ぬ道だけは選んでほしくはない。

 どれだけ恥を晒そうと、生きる覚悟を持ち、未来を変える希望を持ち続けてほしい。


(……そんな風に考えてしまうのは多分……俺のエゴだろう)


 だが、俺には俺の信念がある。


(……今は自分たちに出来ることを、一つ一つやればいい)


 迷いを断ち切る。

 途端に少しだけ瞼が重くなってくる。

 電車の揺れが眠気を誘っているのだろうか?


(……少しだけ……目を瞑るか)


 まだ学園に着くまでは時間がある。

 そんなこと想い少し気を緩めると、次第に強い眠気が襲ってきた。

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