第18話 送っていくよ

 俺たちが降りると、直ぐに扉が閉まった。


「……なんで?」


 俺も降りたのか……と、莉愛は聞きたかったのだろう。

 もう少し莉愛りあと一緒にいたかったから――と、俺に度胸があれば伝えることが出来ただろう。

 だが、そんな歯の浮くセリフをすんなり口にできなくて、


「もし、迷惑じゃなければ……途中まで送っていってもいいか?」


 誤魔化すみたいに、そんなことを言った。


「ぁ……う、うん。……嬉しい」


 微かな笑み。

 でも、握られている手の力が強くなった。

 その変化だけでも、彼女が喜んでくれているのが十分に伝わってくる。


「……行こうか」


 彼女の手を引くと、


「ねえ……大希」


 莉愛はその場で立ち止まり俺の目を見た。


「なんだ?」


「折角だから……このまま、少し付き合ってくれる?」


「……? どこか行きたいところがあるのか?」


「行きたいところ……はないけど……大希と、デートしたいなって」


「ぇ……ぁ……」


 って、驚き過ぎて戸惑ってしまったが、デート……って、あのデートか?

 いや、まあ、恋人同士が一緒に出掛けるおかしいことじゃない。

 だが、何も準備していない。

 デートって何をしたらいいんだ?

 友人と出掛けるようなことはあっても、彼女とのデートなんて初めてで、どうしたらいいのかわからない。

 せめてもう少し下調べを――


「……ダメ?」


 黙って考え込んでいる俺を見て、莉愛は不安そうな顔で尋ねてきた。


「ダメじゃない。

 だけど……その……デートって、どうしたらいいんだ?」


「それで……悩んでたの?」


「……あ、ああ」


「ふふっ……そんなこと、悩まなくてもいいよ。

 デートって言ったけど……私はただ、大希と一緒にいたいだけだから」


「ぁ……そ、それで、いいなら」


「ん。じゃ、行こ」


 二人で歩いて改札を出る。

 今回も勿論、手は繋いだままだった。


     ※


 駅の周辺にあるお店を莉愛が色々と案内してくれた。

 近くに映画館があるとか、このレストランが美味しいとか。

 彼女自身がお気に入りだという店をいくつか教えてくれた。


「……今度、時間がある時に一緒に来てみるか?」


 話の流れから、自然とそんな言葉が口から出ていた。


「うん……誘ってくれて、嬉しい」


 ただそれだけのことなのに、莉愛は本当に幸せそうに笑ってくれた。

 その顔を見ていたら、なんだか胸が熱くなってしまう。

 照れているのではなくて、こんな風に自分を信頼しきっている顔で、微笑んでくれる人が、世界中にどれだけいるんだろうって、そんな風に思ってしまって。


(……絶対、大切にしなくちゃいけない)


 何があっても、莉愛を悲しませるような真似はしない。


「……大希どうしたの?」


「いや、なんでも」


「ほんと?」


 疑うのではなく、心配するような顔を俺に向ける。

 そんな目で見られたら嘘を吐けなくなってしまった。


「……莉愛を大切にしたいなって、改めて思ってたんだ」


「ぇ……ぁ……えっと……あれ……?

 嬉しいのに、嬉しすぎてなのかな……言葉が出てこなくて……」


「いや、無理に何か言わなくてもいいから」


 お互いに照れて沈黙してしまう。

 だけど暫くして、彼女は両手で、俺の手を包み込むよう握った。

 そして、


「……ありがとう、大希」


 伝えられた感謝が、俺の胸を幸せに染めていく。


(……感謝しなくちゃいけないのは、俺の方だ)


 こんなに幸せな気持ちを貰ってるんだから。

 その後も莉愛のおススメのお店を見て回っていたら、あっという間に時間が過ぎてしまってしまった。


「今日は、ここまでだな」


「うん……暗くなってきちゃった。

 遅くまで、ごめんね」


「いや、楽しかった。

 莉愛のことも、色々と知れたから」


 あとは莉愛を送って、今日のデートはおしまいだ。

 楽しかったからこそ名残惜しい。

 明日もまた会えるのに、ずっとこのまま一緒にいたい。

 互いに今日の終わりを感じているからなのか、帰り道は少しだけ静かだった。


「……ここで、大丈夫」


「そうか?」


「うん。

 もう……直ぐ近くだから。

 それとも……うち、寄っていく?」


「ぇ……」


 ご両親に挨拶しておくべきだろうか?

 流石にそれは早い、か?

 というか、何も持ってきてないぞ。

 こういう時は手土産の一つくらいあったほうがいいんじゃ?


「ふふっ……流石に今日は急すぎるよね」


「そ、そう、だよな」


「大希……すっごく一生懸命、考えてくれてたね」


「それは……莉愛の両親だからな。

 悪い印象を持たれたくないってのもあるから」


「大希なら……大丈夫だと思うよ。

 私が好きになった人だから……ね」


 好き――と、改めて言われると、早鐘を打つように鼓動が揺れる。


「っ……そう言ってもらえるのは心強いけどな」


 うちの娘は渡さん! みたいなこととか、あるかもだし。

 何にしても、ご挨拶の準備は必要だろう。


「でも……いつかは会いに来てくれるよね?」


「それは、勿論」


「じゃあ、その日を楽しみにしてるから……じゃあ、今日は行くね」


 名残惜しさはまだあるけど。


「……手、離さないのか?」


「だって……大希が、離してくれないから……」


 結局、どちらも手を離さない。

 だけど娘の帰りがこれ以上遅くなったら、流石に莉愛のご両親も心配するだろう。


「いっせ~ので、離そう」


「……離さないと、ダメ?」


「ダメだ」


「……じゃあ、いくぞ」


「いっせ~の――」


 手を離そうとした。

 瞬間――莉愛が俺の手を強く握って、引き寄せた。

 ふらっと揺れる身体。

 同時に莉愛の身体が――顔が近付いてきて、


「ぁ……」


 頬に何かが触れた。

 それはとても柔らかくて、感じたことのない感触。


「……じゃあ、また明日ね――大希」


 何が起こったのか理解できない。

 そんな俺を置いて、莉愛は速足で駆け出していくのだった。

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