第11話 通学中のトラブル

     ※


(……どうしたものか?)


 電車に揺られながら考える。

 次の休日――つまり明日、七海さんが家に来る。


(……何が必要だ? というか何をすればいい?)


 部屋の掃除は必須だよな。

 猫の毛も散らばばってるし、整理整頓もしないと。

 飲み物やお菓子も用意しておいたほうがいいよな?

 あとでさりげなく好みを聞いておこう。


(……って、今どの辺りだ?)


 小山駅で乗り換えて、今は宇都宮に向かっている。

 まだ目的地には到着していないと思うが……って、そうだ。


(……七海さんも、小山で乗るって言ってたよな?)


 気になって周囲を確認する。

 が、流石にこの車両には乗って……って、


(……あれ、七海さんだよな?)


 手摺りを掴んで眠そうにしている。

 見た目の印象の通りというと七海さんに失礼かもしれないが、やはり朝は弱いらしい


(……放っておいて、大丈夫か?)


 少し……いや、かなり無防備すぎて心配になる。


(……って、なんだ?)


 スーツを着た壮年の男が不自然なくらい七海さんの傍へ寄る。

 それに気付いたのか七海さんは警戒するように身体を離した。

 すると今後は、彼女の背後に忍び寄っていく。

 そしてスマホを取り出して七海さんのスカートへ近付けていった。

 それを見た瞬間、身体が動いていた。


「おい、あんた! 何してんだ!!」


 自然と怒気が強くなり、俺はおっさんの手を掴んだ。

 その拍子に偶然見えてしまったが、やはり盗撮犯だった。


「七海さん、大丈夫だった?」


「……大希」


 俺がここにいることに驚いたのか、七海さんが目を開く。

 その瞳は涙で濡れていた。

 七海さんの涙を見た途端、全身の血が沸騰していく。


「あんた、覚悟はできてんだろうな?」


「な、何を、わ、わたしはそんなことは――」


 誤魔化そうとしながらもなんとか逃げようとするが、俺は男の手をさらに強く掴んだ。

「してないってんなら、次の駅で降りようか」


 威圧するとおっさんは脅えるように身体を震わせた。

 それから周囲の人の協力もあり、次の駅で駅員に盗撮犯を引き渡すことができた。

 証拠の写真も残っていた為、その場で現行犯だ。

 その後、俺と七海さんは簡単な事情を聞かれたが、学校もあることや被害者(ななみさん)が未成年であることから、家族も交えてということになった。


「ごめん……七海さん」


「なんで謝るの?」


「思ってたよりも大袈裟になっちゃったから」


「大希は……私のこと助けてくれただけだもん。

 何も悪くないじゃん」


 七海さんが身体を寄せて、ぎゅっと腕を回してくる。

 その身体は不安そうに震えていた。


「怖かったよな。

 ……もう大丈夫だから」


 見知らぬ男に急に迫られたら、女の子なら怖くて当然だ。

 それが盗撮までされたらトラウマになってもおかしくない。

 こういう時、俺はどうしたらいいんだろう?

 どうしたら、少しでも七海さんを少しでも安心させてあげられるだろう。


「……こういう時、俺はどうしたらいいかわからない」


「なら……頭、撫でて」


「そんなことでいいなら」


 子供をあやすみたいに、優しく七海さんの頭を撫でる。

 すると身体の震えが収まっていく。


「大丈夫か?」


「うん……ちょっと落ち着いた。

 ねえ、大希……もう一つ我儘聞いてくれる?」


「うん?」


「ぎゅって……して」


「……わかった」


 優しく触れるくらいの力で、七海さんを抱きしめる。

 彼女の身体は華奢で力を入れたら壊れてしまいそうだったから。


「……もっと強く、ぎゅってして」


 少しだけ腕に力を入れて抱きしめる。

 服の上からでもわかるくらい柔らかい感触と体温が伝わってきた。

 七海さんの呼吸が触れる距離で、ドキドキという心臓の音が聞こえる。

 これは、俺のなのか、七海さんのなのかわからない。

 それくらい近い距離で触れ合うと、七海さんの震えが自然に治まっていった。


「もう……大丈夫そうだな」


 俺は七海さんから身体を離す。

 すると、彼女は俺の服の裾を掴んだ。


「あの……大希……。

 言えてなかったけど……ありがとう」


 七海さんが、顔を上げて俺の目を見つめた。

 涙の跡はまだ少し頬に残っている。

 でも、瞳にはもう涙は浮かんでいない。


「私は……ありがとうって気持ちでいっぱいだよ」


 言葉と共に、感謝の想いが伝わる笑みを七海さんは見せてくれたのだった。


「あ……でも、さっきから七海さんって呼んでるから、そこは注意ね」


 最後に、そんな厳しい諫言もセットで。

 焦っていると言い慣れていない言葉は出てこない。

 でもいつか、それが自然になるくらいになれたら……いや、なりたいと思う。


「行こっか」


 七海さんに手を引かれて、俺たちは電車に乗る。

 遅刻ギリギリになってしまったけど……無事に学校にも間に合ったのだった。

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