1日目 午後5時26分

「……ぐあー! 3日目の台所での会話しなかっただけで、突然場面転換して別ルートの7日目に飛ばされるとか。フラグ管理ミスり過ぎだわ! デバッグしてから消費者に売れ!」


 使用人の部屋ながらやけに豪奢なベッドを、私は怒りに任せておらおらと殴った。


『ま、まぁ、過去のことは水に流して。なんか今回こそはいけそうな気がしますよ! 多分、絶対!』


 うだつの上がらないオドオドとした、頭の中に直接響く、少年にも老人にも聞こえる不自然な声。

 そんな自称『神様』の手違いで、元の現代日本にいられなくなった私は、今流行りの異世界転生をすることとなった。

 異世界といっても、過去や未来、創作物の世界でも可能らしい。神の力ってすごい。

 なので万歳三唱しながら、神作と名高い乙女ゲーム『一番の輝き』のヒロインのクラスメイト、名無し令嬢のポジションを選んだ。

 何故、主人公やライバルポジションの悪役令嬢を選ばなかったかって?

 私はどんな作品も、第三者目線で楽しむ古参オタクだからだ。キャラネームもデフォルト推奨派である。

 そしていざ、美男美女ばかりの魔法学園で、実家がそれなりに金持ち(重要)でクラスでも6番目ぐらいに可愛い地味モブ子(超重要)としての生活が始まるかと思いきや。


「もー! こんなゲームのエンディング全収集とか、クソゲーハンターみたいな頭のおかしいドМじゃないんだよ私は! 一般消費者なの!」


 『神様』はなんと、漢字を間違え、私は悪名高いクソゲーランキング殿堂入り『一輪の輝き』というサイコホラーアドベンチャーゲームのモブメイドとして転生を果たした。


『……えっと、今のあなたの見た目は、バッチリご希望に添えていますけど』


「そんなオマケキャラメイクばっかり優秀でメインがスッカスカとか、まさにじゃん! 言い逃れ不可!」


 私は全速力で走ったあとのように肩で息をし、そして、拳を握りしめてガバっと顔を上げた。


「でも、あと1エンディング……犠牲者ゼロ、犯人も死なせないで7日目に到達するハッピーエンドだけ……もう、ゴールしても良いよね……?」


『まぁ、バグで誰かしら必ず死ぬから、進行不可なんですけどね。ハハッ、ワロス』


 そんな『神様』の軽率な口調と、忘れていた絶望の真実に、私の溜まりにたまっていた感情が爆発した。

 言葉にならない雄叫びを上げていると、出入り口の扉が慌て気味にドンドンとノックされた。


「メ、メイド君! 何があった?」


「大丈夫か?! おい!」  


 このゲームのメイン主人公たちである、二人の男の声。


『いつもの通り、あの扉を開けたら1日目チュートリアルが終わって、僕は文字通り神視点になってしまうので。ファイト!』


 イライラしながらおざなりに返事をして、私は急いで窓を開けて猛吹雪を誘い込み、それから出入り口の扉に飛び付いて鍵を開けた。

 外開きにバタンと開かれ、そして床に座り込んだ私は怯えた表情を演出し、二人に向かって叫んだ。


「ユキゴンが……ユキゴンが現れました!」


 これで明日から、3つあるメインルートの1つ、『恐ろしい伝承・幻のユキゴン』ルートへのフラグが立った。

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