第一章ー13

 夕食の時間なのでと部屋を訪ねてきた忍に案内され、大きなホールへと通された。


 テラスと美乃は先に来ていたらしく雑談に興じており、少し待たせてしまったようだ。


 二人共僕たちに気付いたのか、雑談を止めると会釈して来た。


「あら、やっぱりサイズが合うものが無かったですか。一応屋敷中から出来る限りサイズの大きい服を集めさせたのですが」


 上は男物のジャケットを素肌の上から羽織り、下も同じく男物のスラックスを履いたガイナに美乃は困り顔をする。


 部屋にあった物で一番サイズの大きかった物を着せたのだが、それでもサイズは合っておらず、ジャケットのボタンは今にも弾けそう、スラックスの裾は足首よりも上でつんつるてんときているのだから無理もない。


 ちなみにシャツはサイズの合う物が無く、下着は鬱陶しいからと断固拒否された。


 お陰で不格好この上ない姿になってしまった。


 唯一の救いは、自分のパーカーを取り戻せたくらいだ。


「すみません、これが精いっぱいだったんです」


 僕の謝罪から全て察してくれたのか、美乃は苦笑いする。


「いえ、ガイナ様に合う物をご用意出来なかったこちらの不手際ですので謝らないでください」


 素知らぬ顔のガイナを余所に互いに謝り合った後、美乃に進められたので僕は席に着く。


 程なく食事が運ばれてきた。


 小さな魚の塩焼きに漬物とご飯に味噌汁。


 食文化まで完全に日本と一緒なことへの驚きよりも、貴族や大金持ちの家に置かれていそうな長いダイニングテーブルには似つかわしくない質素な食事に肩透かしを食らって拍子抜けしてしまう。


 テーブルマナーを知らない僕にとっては、大量に何に使うのかさっぱり分からないナイフやらフォークやらを出されるより箸を使う食事なのはありがたいのだが、本音を言えばもう少し豪華な物を期待していた。


 例えばステーキとか。


 命を救ったのにこれだけかとつい思ってしまう自分がいる。


「食事をしながらで申し訳ないですが、七海様とガイナ様にこの国を取り巻く実情をご説明しますね」


 美乃は語りだす。


 光導王国とドラスティア帝国との間に結ばれた不平等条約によって起きている悲惨な状況について。


 かつて、光導王国が誕生する前、この日輪列島では数多の小国が乱立していた。


 小国間での領土や資源を巡った衝突は日常茶飯事であり、常にどこかしらで戦が起きていた。


 そんな中、後に初代光導王国国王となる美乃の祖先が戦の影響で苦しむ民を救う為にと立ち上がった。


 天才的な戦略と豪運に加え、何よりも民への思いやりの深さに惚れた名将や名のある武人たちが次々と彼の元へと集ったことで瞬く間に日輪列島に存在する小国の全てを平定し、一つの国へと纏め上げた。


 希望の光に導かれ、未来永劫平和である様にという願いを込めて初代は国の名を光導王国と名付けた。


 これが光導王国誕生の歴史である。


 建国後、王国は他国に対して鎖国政策をとった。


 国同士が掛かり合えばまた戦が起きるかもしれないとの危惧からの政策であった。


 海を隔てた隣国とは多少の付き合いはあったものの、約二百年程の間は鎖国を貫き通した。


 他国も魔獣が多い地域である日輪列島に近づくのは利益よりも損失が多いと考えたのか、わざわざやって来て開国を迫ることはしなかった。


 だが、鎖国の鎖は鋼鉄で出来た船によって断ち切られた。


 沖からでも十分に届く大砲を街に突きつけた船から降り立ったドラスティア帝国の特使は、一方的な条件が記された条約を王国に突き付けた。


 内容を要約すれば、条約を蹴って戦争をするか隷属するかの二択を迫ったものであった。


 当時の望家を含む王国上層部内で喧々諤々の議論が行われた結果、王国は隷属の道を選んだ。


 当然、戦いを望む声も多く上がったのだが、光導王国とドラスティア帝国との間にはあまりにも戦力差があり過ぎたのだ。


 相手は世界中に植民地や隷属国、同盟国を持ち、光導王国と比べると技術力の差が月とスッポン程ある強大な軍事帝国だ。


 かたや光導王国は、長い鎖国のせいで助けを求められる同盟国もなければ単独で戦争に勝てる程の戦力も無い。


 一人一人の戦闘能力ならば王国が勝るのであろうが、周囲を海に囲まれた土地柄故に海上から鋼鉄の船で王国軍に配備されている物の数倍の射程がある大砲で砲撃されてしまえば意味がない。


 海上で戦おうにも長い鎖国で軍艦の類が必要なかったせいで、あるのは領海内に分散する有人島との行き来に使う木造帆船くらい。


 戦争となれば勝ち目はなく、民の生命を最優先に考える王国上層部は条約を飲まざるを得なかった。


 こうしてドラスティア帝国との隷属関係が始まったのが今から約五年前。


 それからの光導王国はドラスティア帝国に搾取され続けた。


 国中が飢えてしまう程に。


 話を聞きながら僕は食事が質素だなどと思った自分を恥じた。


 今のこの国では、これでも立派なご馳走なのだ。


 そんな状況の王国に、四年に渡る留学を終えて帰ってきた美乃は驚愕した。


 国内は荒れに荒れ、明るく朗らか、困った時はお互い様と常に助け合ってきた国民たちは僅かな食料を奪い合う始末。


 父は常に条約内容の改善に動いているというが、国外へ出たことでドラスティア帝国がどれだけ自国民以外を軽視している国なのかを知った彼女にはそんなことは暖簾に腕押しとしか思えなかった。


 父も分かっているのだろうが、僅かでも民を巻き込んだ戦争になる可能性がある限り、条約破棄への一歩は絶対に踏み出せないのは私が一番理解している。


 ならばその一歩、王として、為政者としては向いてない程に優しすぎる父に代わって私が踏み出そう。


 父の補佐として国の為に敢えて厳しいことを幾つも発案、実行し、悪辣狐と呼ばれた今は亡き母に変わって。


 そう考えた美乃は動いた。


 まずは地固めとばかりに王の次に権力を持つ五人衆や更にその下にいる文官、武官たちへも根回しをして、瞬く間に味方につけた。


 元々、皆口にはしなかったが国の現状を良しとしていなかったのだから当然の結果だ。


 寧ろ王家への反乱が起きなかったのが不思議な位で、父が自ら率先して食事を切り詰める王でなければ今頃とっくに光導王国は崩壊していただろう。


 最後まで父だけは条約破棄へ向けて動き出すことに反対したが、このまま国中が飢え続け、僅かな食料を奪い合って内紛が起こり民同士での血で血を洗うかつての悲惨な戦を繰り返すよりはと、最後には承諾した。


 こうして、光導王国は条約破棄後に起こるであろうドラスティア帝国との戦争に向けて動き出した。


 ドラスティア帝国に気付かれぬ様に慎重に慎重を重ね、準備は進められたが、二つ、どうしても国内では解決できない問題に美乃はぶち当たってしまう。


 それは技術力の差と船だ。


 鎖国のせいで必要なかったからと王国には軍艦はおろか海軍に当たる軍はすらない。


 時折現れる海賊相手ならば王国軍が足の速い小型船で近づいて乗り込むか、適当な移動用の船に大砲を積めば事足りていたからだ。


 新たに建造しようにも、木造船を作る技術はあれど、ドラスティア帝国を始めとした現在世界各国で採用され、主流となっている鋼鉄で作られた帆でなく動力機関で走る船を作る技術は無い。


 かと言って木造船で戦うのはあまりにも無謀。


 こればかりはどうしようもないと、美乃は帝国に企みがバレるのを覚悟のうえで国外へと活路を見出すことにした。


 こうして美乃は自国での軍用艦建造を諦め、多少吹っ掛けられて王家秘蔵の宝物を売り飛ばすことになっても構わないと腹を括り、諸外国を巡って船と技術者を手に入れる為に再び国を出た。

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