第5話 体

 敵意を感じさせない……昔優しかった頃の母親を思い出すような優しい声で少女……キャッツアイは自己紹介をした。


 それから彼女は私の不安を一つ一つ解いていくようにこの世界について大まかに説明した。この世界では人間が最上位の存在として権力を奮っていること。UHMというのは総称でコアというエネルギー体を保有している生き物や物を指していること。UHMは人間に起こせない超常現象ともいえるような能力が使えるということ。それを抑えるための首輪を付けることがUHMには義務付けられていていること。ホロコーストじみた……人間によるUHMの強制収容と殺戮が行われているということ……。


「首輪は今私に着いているコレね。人間に危害を加えないように有事の時以外は力がセーブされるように作られてるの。収容にわけられるUHMと違ってGPS……場所が常に監視されるのだけれど、その代わりこれを着けていたら国から身の安全が保証されるの」


 本当は外したいんだけど、とキャッツアイはこぼす。


「どうしてそんなにUHMは差別されているんですか……?」


 私のいた世界では多少畏怖される存在などはいたけれど、こんなに国を上げてまで徹底して殺そうとはしていなかった。私の知っているかぎりだけど。


「ちょっとね、悪意のあるUHMはいなかったのだれけど、少しづつボタンを掛け違えちゃったのかも」


 キャッツアイは私の質問に少しだけ遠い目をする。なんだか誰かを思い出すような目だと思った。


「それで、貴女の扱いになるのだけれど。私と……あと数人は貴女のことを正しく理解出来ると思うわ。でも、別世界から来たなんて証明出来ないし出来たとしても都合の悪いことにしかならないわ。だから、嫌かもしれないけれど政府預りのUHMってことになるけれど……いいかしら?」


「断れば……収容所に行くことになるんですよね」


「そうねぇ、そうなると思うわ」


 選択肢は最初から用意されていなかった。だけど、キャッツアイの説明からは誠意を感じたし、私が酷い目に遭わないようにキチンとUHMの処遇も隠さず話してくれた。断る話ではない。


「分かりました。これからよろしくお願いします」


「あら、礼儀正しいのねぇ。でもそんなにかしこまらなくていいわよ?この世界の歴とか年齢とかは確かに私の方が上かもしれないけど立場は同じなんだから」


 機嫌良さげにキャッツアイはそういうとシャドウの方をじっと見た。ピクリと僅かにシャドウが揺れる。


「妙なもの連れてるけど、コレ、貴女がいないとこの世界に存在が許されないみたいだし、貴方のコアを抑えれば物質干渉も出来なくなるでしょうね」


 物珍しいペットを見るような目でキャッツアイはシャドウを眺めながら無邪気に笑う。コア……そういえば私のコアはどこにあるのだろう。調べたらわかるのかと聞こうと首をキャッツアイの方へ向けた時だ。


 首の中をザリザリとたくさんの角の荒い小石が擦れるような嫌な感覚が襲った。全身に鳥肌が立ち、思わず首を押える。


「あぁ、貴女。首だと不便そうね」


 なんてなさそうに私へ視線を向けることなく投げられた言葉に呆然とする。首。今まで無かった感覚。不便そう。言葉と現状が繋がっていって吐きそうになった。


 私のコアは首に無数にある。


「コアは使ってると成長することもあるのだけれど、貴女のコアって」


 聞きたくはなかった、続きの言葉を。でも耳を塞ごうにも体が動かなかった。


「成長したらギロチンみたいに首を落とすのかしら」


 楽しそうに細められた目には悪意はない。本当に楽しいとしか思っていない。悪意に反応するはずのシャドウが動かないことが何よりの証拠だった。


 自分の死を思い出して息が詰まりそうになる中、何とか声を絞り出して質問をする。


「首が……落ちたら、死ねるんですか?」


「あら、死にたいの?」


 死にたい訳では無い。こんな、悪夢みたいな世界から逃れたいから出た言葉だった。


「首が落ちても、体がバラバラになっても死なない奴を知ってるわ。ま、個人差よね。首が落ちるまでは分からないんじゃない?」


 それじゃあね、とキャッツアイはヒラヒラと軽く手を振って出ていってしまった。


 自分の体が自分の知っている物ではなくなっている。その事実がどうしようもなく恐ろしく、気持ちが悪くて首を気付けば強く引っ掻いていた。爪に少しついた血は見知った赤色だったが、僅かに細かな粒子が混じってグロテスクなラメのように輝いていた。

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