羽を飲む

あにょこーにょ

第1話

 やっと満開になった桜が、春風でいっせいに、ゆっくりと散っていく。美しい。だけど、物悲しい。わたしは教室の窓から頬杖をついてぼんやりとそんな景色を眺め、時間を消費しているのだった。

 わたしの高校生活といえば、三つの時間で成り立っている。窓辺でぼーっとするか、座って勉強するか、寝るか。

 今は、真剣にぼーっとしている最中なのだ。やっぱり桜は遠くから眺めているのが一番いい。大きな桜の木の下にひとりでいるのは、得意じゃない。だって、手先から水が染みこんでゆくように不安になるのだ。人と別れる前の、心のざわめきに似た不安。

 勉強と睡眠がほとんどの高校生活のことを思う。わたしはこんな生活を望んでいたのだろうか。

 小学生の時に思い描いたキラキラとした生活は、わたしの生活のどこを探したってない。まるで違う。

 小学校の頃は、洗面台の鏡の前で背伸びしながら未来の「わたし」を想像するのがとても好きだった。このくらいの身長になっていて、制服はチェック柄のスカート。左右に体をねじりながら考えてみる。朝、遅刻しそうになりながら、かみの毛をといて、歯みがきをして、急いで玄関をとびだす。友達と一緒に学校へ行くのを想像する。

 アニメや映画に出てくる、イケメンにキャーキャー言ってそうな女子高生。そんな想像を思い描いていた。今考えると、自分の妄想力にぞっとする。

 だって、人見知りで、ださくて、自信過剰な女児だったのだ。おまけに、今よりずっとまぶたは腫れていて、鼻の穴が目立つ、ぶさいくな顔をしていた。

 だから、それは希望的観測にすぎなかったのだと高校入学によってはっきりと思い知ったんだ。

 恋愛どころか、全然友達もできないし、顔はにきび跡の傷のせいで自信を持てない。唯一、理想通りになったのは、背丈だけかもしれない。でも、見える景色というか、視界に入るのは人の陰口を言って歪んだ顔やその陰口で笑う顔ばかり。それに、放課後遊ぶ、なんてこともない。宿題ばかりで徹夜は当たり前、睡眠を溶かして眠い毎日だ。

 ……きっと、昔のわたしが今の姿を見たら、泣き出してしまうに違いない。それくらいひどい。

 ガヤガヤとした教室の音に囲まれたまま、意識を窓の外にもう一度移した。相変わらず桜の花弁は春の陽光に照らされ、雪が溶けるように散っている。

 一週間前のあの日は、まだ七分咲きだった。あの日に聞いた話は、やっぱり信じられない。

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