第23話
魔王ウォルフェンタインは参謀レグラスの説明を聞き、小さくうなずいた。
「レグラスよ、師匠の蔵書にあった通りだ。有史以前から人間たちは投射兵器で戦ってきた。勇者の力を投射兵器として用いるのは道理であろう」
レグラスはまだ動揺を隠せずにいたが、その言葉で少し冷静を取り戻した様子だ。
「ということは勇者を火砲として運用し、一般歩兵との共闘でこちらの防衛線を突破する戦術ですか?」
「余はそう考えておる。余はトーリや帝国の勇者たちと渡り合ったが、勇者といえども白兵戦では戦線全体に影響を及ぼすことが難しい。投射兵器が必要だ」
魔王はそう言い、犬人の当番兵たちが持ってきた大きな黒パンにかぶりつく。
「すまぬが肉も欲しい。人狼は変身の度にずいぶんと精を減らすのでな」
「えと、じゃあ猪肉の燻製がありますけど」
「それは重畳。塊で頼む」
「はいっ!」
そんなやり取りをしてから、魔王はレグラスを見つめる。
「戦は結局、兵の数でするものだ。勇者や魔王だけでは戦にならぬ。セイガラン人たちがそれを理解しておるのなら、勇者に飛び道具を扱わせたとしても何ら不思議はない」
「ですが、人間たちは攻城兵器も用います。組み立て式の投石器なら、城壁を破壊するほどの威力がありますが……」
「確かに火力は申し分ないが、あまりにも鈍重で大掛かりすぎる。運動戦、すなわち野戦では歩兵との共闘はできまい」
魔王と参謀が議論しているところに、ユーシアがぴょこりと挙手する。
「あの、そういえば木とかキノコの魔族がいるんだよね? その人たちからの情報があるんじゃない?」
するとキュビが首を横に振る。
「樹人や茸人は人間の見分けがつかないし、人間が何をしてるのかもわかりづらいみたいなのよ。食べたり寝たりしないから、そういう光景見てもピンとこないんだってさ」
「あー……そういう感じなんだ?」
納得したような顔をしているユーシアに、レグラスが説明を補う。
「実は彼らからの報告は大量に入っているのですが、あまりにも漠然としていて情報としての精度が低いのです。『人間が自分の近くにいる』という程度で……。それを集計すれば敵の動きはつかめますので、もちろん大助かりではあるのですが」
そして魔王が参謀の説明をしめくくる。
「おかげで敵の奇襲などは事前に察知できるのだが、残念ながら攻城兵器の有無や勇者の所在まではわからぬ。やはり戦は血と鉄で行うしかないのだ」
「結局、敵の勇者が何をどうしてくるかはよくわかんないのね……。ま、私と魔王様がいれば何とかなるでしょ。ていうか、何とかするしかないし」
「さよう。そのために戻ってきたのだからな」
魔王はニコリと笑い、燻製肉の塊を頬張った。
「敵方の勇者がセイガラン軍の戦術に組み込まれているという仮定が正しければ、レグラスが良い策を立ててくれよう」
レグラスは背筋を伸ばし、紅潮して叫ぶ。
「おまっ、おまかせください! すぐに情報を集め、効果的な戦術を立案して御覧に入れます!」
キュビが頬杖をつき、呆れたように言う。
「ほんと、魔王様は人をその気にさせるのが巧いんだから……」
* *
「おい勇者サマよ、また仕事だぜ」
セイガラン軍伝令兵の言葉に、筋骨隆々の男が振り返る。
「承知」
男は汗を拭い、日課のトレーニングを中断した。個人用天幕の柱に掛けていた革ベルトを腰に巻く。
「攻撃目標は何だ?」
「先遣隊が魔族どもの砦らしいのを見つけた。噂の魔王軍かもな。進軍の邪魔なんで、攻撃前にぶっ壊せって命令だ」
男は眉間にしわを寄せ、腕組みしながらうなずく。
「では今回も攻撃準備射撃か。詳細は?」
「近づけねえから情報がない。ただ、あんたの部下たちの見立てじゃ十射から十五射ほどで壊せるそうだ」
「心得た」
腰のベルトには金属製の棒が何本も吊されていた。いずれも両端が鉤状になっており、長さや先端の形状は少しずつ違う。
それらをひとつひとつ丹念に確かめた後、彼は伝令に告げる。
「ところで、そこに魔王はいるのか?」
* *
「これ本当に大丈夫なんでしょうね……」
ユーシアが不安そうに左右を見回しているので、キュビが不機嫌そうに唇を尖らせる。
「これでも妖狐秘伝の幻術をめいっぱい使ってるんだからね。これで化かせない人間なんていないわよ」
彼女たちは堅牢な石造りの砦にいるが、全て幻影だ。
ユーシアが壁に手を突っ込むと、すっぽりとすり抜けた。
「よくできてるのは認めるんだけど、ところどころ怪しい場所があるなあ。隙間空いてるよ?」
「あたしまだ平面しか作れないし、なんせ急ごしらえだから……。貼り合わせた面が多少ズレたり欠けたりしてるのはしょうがないでしょ。実物よく知らないんだし」
唇をさらに尖らせるキュビ。
ユーシアは手を引っ込めると、軽く溜息をついた。
「まあいいか。ところで、その頭に載せてる葉っぱは何?」
「これが古来からの格式あるスタイルだって教わったわ」
誇らしげに頭に木の葉を載せ、フンスと鼻息を荒くするキュビ。
そこに魔王ウォルフェンタインがやってくる。
「キュビよ。この幻の砦はどれぐらい持つ?」
「あたしの心の中から消さない限りは大丈夫だよ。あたしが寝たり気を失ったりすると消えちゃうけど」
「うむ、では敵の撤退まで寝ずに頼む」
魔王はキュビに優しく微笑みかけ、それからユーシアに向き直る。
「この幻の砦は敵主力の進路上にある。騎馬や馬車が通れる道はここしかない。それゆえ、敵はこの砦を無視できぬ」
「そこで敵の勇者の出番って訳ね?」
「さよう。ただし攻撃を受ければ幻術だとすぐに露見してしまうであろう。あくまでも敵の勇者を引きずり出すための囮に過ぎぬ。最後はやはり、余とおぬしで決着をつけるしかない」
魔王はユーシアを見つめる。
「おぬしが戦を望んでおらぬことは承知の上で、それでもおぬしの力を借りねばならぬ。今一度、余と戦ってくれ」
「もちろん。何度でも」
ユーシアがにっこり笑うと、魔王も微笑む。
「かたじけない。さて、来たようだな」
そう言いながら、魔王は不意に表情を引き締めてジャンプした。空中で人狼に変貌すると、飛来した何かに向かって鋭い蹴りを放つ。
「させぬぞ!」
蹴りに弾かれ、棒のようなものが前方の地面を穿った。その衝撃は凄まじく、大量の土砂を巻き上げる。
「うわっ!?」
レグラスがキュビをかばって土まみれになり、魔王を見上げた。
「魔王様、これはまさか!?」
「さよう」
巨躯に似合わず軽やかに着地した人狼の魔王は、へし折れた残骸を拾い上げて静かに答える。
「矢羽根を備えた槍……『槍投げ器』用の投げ槍だ。これなら弓や投石紐と違い、強度を気にせず全力で投げられる。勇者の膂力(りょりょく)に耐えられる弓など存在せぬからな」
魔王は槍の残骸を投げ捨てると、遙か彼方のセイガラン軍を見据えた。
「ユーシアの大剣と同じく、これは竜や巨人にも通用する威力を持った武器だ。相手はただ一人だが、トーリ軍のときとは訳が違う。かような天雷のごとき猛威が降り注げば、余人には太刀打ちできぬ」
ユーシアは大剣を抜いて肩に担ぐと、ニコリと笑う。
「でも二人なら何とかなる。でしょ?」
「いかにも。参ろうぞ、友よ」
「友……まあ今はそれでいいか。ここから前に進めないとね」
ユーシアは苦笑いしつつ、一歩踏み出した。
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