第6話 高志に続き竜也も……

 山寺の言葉がきっかけになったのか分からないけど、それからクラスメイトの俺に対する態度が前と明らかに変わった。

 怪我で野球ができなくなった俺を腫れ物に触るように扱ったり、逆に露骨に邪魔者扱いしたり。

 竜也とさくらは、そんなクラスメイトを非難し、態度を改めるよう促していたけど、逆にその行動が益々このクラスに居づらくさせた。

 俺は次第に学校から遠ざかり、やがてまったく行かなくなった。

 

「無理して学校に行く必要はないが、勉強だけはしておけよ」


 そんな俺に、父親はこのような言葉を掛けてきたけど、俺はそれを無視し自室に籠って一日中ゲームばかりしていた。

 そんな生活が一週間ほど続いたある日の夕方、いつものように自室でオンラインゲームをしていると、突然竜也が入室してきた。


「ん? どうした、こんな時間に。たしか秋季大会の予選が始まるのは今週末からだったよな。練習しなくていいのか?」


「ああ、それならもういいんだよ。俺、今日で野球部辞めたから」


「えっ! どこか、怪我でもしたのか!」


「いや。まあ特に理由はないんだけど、このまま続けてもどうせ甲子園には行けそうもないしな」


「甲子園に行くことだけがすべてじゃないだろ。ていうか、怪我もしてないのに、よく監督が辞めるのを許してくれたな」


「この日のために一ヶ月前から布石を打っておいたからな。特に引き止めもされず割と簡単に辞めれたよ」


「布石?」


「ああ。実はお前が野球部を辞めた時、既に辞める決意をしてたんだ。さっきも言ったように、甲子園出場が絶望的になったからな。で、それからずっと手を抜いて練習してたんだ」


「そんなことして、監督に注意されなかったのか?」


「もちろんされたよ。でも、それも最初のうちだけで、途中からは半分あきらめたような感じだったな」


 竜也は悪びれもせず淡々と語っているけど、それが嘘であることはすぐに分かった。

 人一倍責任感の強い彼がそんなことするはずないから。

 恐らく竜也は、ずっと学校をさぼっている俺のことを心配して、野球部を辞めたのだろう。

 正直その気持ちは嬉しいけど、それに甘えるわけにはいかない。


「監督が許しても、学校はそうはいかなかったんじゃないのか? お前も俺と同じスポーツ推薦で入ったんだからさ」 


「まあな。校長に言ったら、めちゃくちゃ怒られたよ。でも、結局許してもらったんだけどな」


「どうやって許してもらったんだ?」


「土下座だよ、土下座。相手を納得させるには、それが一番だからな。これで俺も、お前と同じ立場になったから、学校に行きやすくなっただろ?」


「お前、そこまでして……なあ、悪いことは言わないから、明日監督に頼んで、もう一度野球部に入れてもらえよ」


「今更、そんな恥ずかしいことできるわけないだろ」


「ぐだぐだ言ってないで、やれよ! お前には俺の分まで頑張ってほしいんだよ!」


 思わず怒鳴ってしまったが、竜也は怯むどころか逆に睨み返してきた。


「お前がなんと言おうと、俺はもう野球部には戻らない。じゃあ、明日八時に迎えに来るから、ちゃんと準備しとけよ」


「おい! ちょっと待てよ!」


 竜也は俺の静止を振り切り、逃げるように部屋を出ていった。 




 翌朝、竜也は予告通り、八時に俺を迎えに来た。

 この一週間ずっと昼前まで寝ていたから正直だるかったけど、俺は眠い目をこすりながら自転車に乗り、心地よい風が頬を撫でる中、竜也と並んで走り出した。

 

「どうだ、風が気持ちいいだろ?」


「まあな。それより野球部を辞めて、周りから何か言われなかったか?」


「別に。もし変なこと言う奴がいたら、倍返ししてやるよ」


「確かに、お前なら本当にやりそうだな」




 やがて学校に着くと、俺は竜也の後ろに隠れるようにしながら教室に入った。


「おはよう!」


 そんな俺に、真っ先に挨拶してくれたのはさくらだった。


「おはよう。相変わらず、元気がいいな」


「それが私の唯一の取り柄だからね。って、他にもいっぱいあるっつーの!」


「はははっ! さくらがセルフツッコミをするなんて珍しいな」


「恥ずかしいから、あまり言わないで。それより、休んでる間、家で何してたの?」


「ほとんどゲーム。親には勉強しろって言われたけど、ずっと無視してた」


「そんなことだろうと思ったわ。はい、これ休んでた分のノートのコピー。これを見てちゃんと勉強するのよ」


 さくらはそう言って、コピーの束を渡してくれた。


「サンキュー。やっぱり、持つべきものは友だよな」


「まあね。同じ友達でも、竜也とは違うってことが、これでよく分かったでしょ?」


 さくらの軽口に思わず吹き出すと、それを察知したかのように竜也が近寄ってきた。


「お前ら、今、俺の悪口言ってただろ?」


「そんなの、言うわけないじゃん。ねえ高志」


「ああ。確かにお前の話はしてだけど、決して悪口なんかじゃないよ」


「じゃあ、何て言ってたんだ?」


「大したことじゃないよ。ただ、気が利かないって言ってただけだ」


「それ、十分悪口じゃねえか」


 半笑いしながらそう言う竜也がおかし過ぎて、俺とさくらは腹を抱えながら笑った。



 

 


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