第4話 二人きりの観覧車

 リアル幽霊を見た衝撃と出口まで一気に走ったことが重なり、俺の心臓は爆発寸前だ。

 その苦しさは、部活でダッシュを百本やらされた時に匹敵するといっても過言ではない。

 なかなか呼吸を整えないでいると、竜也とさくらがニヤニヤしながら戻ってきた。


「お前、俺たちを置いて逃げるなんて、いくらなんでもビビり過ぎだろ」

「まさか高志がこんなに怖がりだとは思わなかったわ」


 屈辱の言葉をぶつけてくる二人に、俺はすぐさま言い返す。


「あの顔を間近で見たら、誰でもこうなるって」


「まあ、お前を追いかけるのに必死で、俺は見なくて済んだから、ラッキーだったけどな」

「私は見てみたかったな。いわゆる、怖いもの見たさってやつ?」


「いや、見なくて正解だよ。あの人、ある意味、本物の幽霊より怖いからさ」


「それより、何か冷たい物でも買おうぜ。走ったせいで、さっきから喉がカラカラなんだ」


「じゃあ、ソフトクリームにしようよ。やっぱり遊園地の定番だしさ」 


「俺はいいけど、高志はどうする?」


「俺もそれでいい。じゃあ、さっきの罪滅ぼしに奢ってやるよ」


 俺たちは売店で買ったふわふわのソフトクリームを堪能すると、最後何に乗るかで、またも竜也とさくらの言い合いが始まった。


「やっぱり、締めは観覧車でしょ」


「いや。あんなものに乗るくらいなら、まだゴーカートの方がマシだ」


「あんなものとは何よ! 頂上からの眺めは最高だし、何よりカップルにとっては、二人きりになれる最高の乗り物じゃない!」


「カップルにとってはそうだろうけど、俺たちは違うだろ」


「あんたそんなこと言って、本当は高い所が怖いんでしょ?」


「そんなわけねえだろ! 『馬鹿と煙は高い所が好き』って言葉、知らねえのか? って、誰が馬鹿なんだよ!」 


 二人が口論する姿を半ば呆れながら観ていると、程なくして竜也が「じゃあ、お前ら二人で乗れよ。俺は一人でゴーカートに乗るから」と吐き捨てるように言い、そのままゴーカート場へ歩いていった。


「何あれ? ほんと竜也ってわがままよね。まるで子供みたい」


「……もしかしたら、竜也のやつ気を遣ってくれたのかも」


 俺がそう呟くと、さくらはよく聞こえなかったのか、『ん?』というような顔で見てくる。


「いや、なんでもない! それより、早く行こうぜ!」


「あっ、ちょっと待ってよ!」


 俺はさくらの静止も聞かず、観覧車に向かって早足で歩き出した。


(あぶない。もう少しで感づかれるところだった。もし、さくらのことを好きなのがバレたら、この後気まずいもんな)


 そんなことを思いながら歩いていると、「やっと追いついた」という声と共に、さくらが俺の横にピタリと張り付いた。


「なんで一人で行っちゃうのよ。そんなに私と一緒に歩くのが嫌なわけ?」


 頬を膨らませるさくらに、俺は「そんなことないよ。早く行って並んだ方がいいと思っただけだ」と、咄嗟に嘘をついた。


「それなら尚更二人で行かないと意味ないでしょ」


「……ごめん。そこまで考えてなかった」


「別に謝らなくてもいいよ。じゃあ一緒に行こう」


「うん」


 俺たちはそのまま並んで歩き始めたが、さくらはまだ怒りが収まっていないようで、観覧車に着くまでの間、一言も喋ろうとしなかった。

 やがて観覧車に着くと、思ったよりもいていて、俺たちはほとんど待つことなく乗ることができた。


「私たちって、周りからどう見られてるんだろうね」


 観覧車が動き始めてすぐ、対面に座ったさくらがぽつりと言った。


「どうって?」


「だから友達とかカップルとか、色々あるでしょ?」


「まあ、その二つのどちらかだと思うけど。さくらはどっちに見られた方がいいんだ?」


「…………」


 何気なく言った俺の一言で、さくらはなぜかそっぽを向いたまま、黙り込んでしまった。

 意味不明な行動をとるさくらに戸惑いながらも、俺はこの場を切り抜けるのに一番ふさわしい言葉を思案する。


(こうなったらもう、どさくさ紛れに告白しようか……いや。そんなことしたら、今以上に気まずくなるのは目に見えている。じゃあ、どうすればいい)


 俺はしばし考えた後、一つの答えを導き出した。


「さくらがどう思ってるか分からないけど、俺自身は友達に見られた方がいいかな。実際そうだし、その方が余計な気を遣わなくて済むしな」


 この答えが合っているかどうかは、さくらの返答で決まる。

 俺はさくらから視線を外さないまま、彼女の言葉を待った。

 すると、さくらは不意に顔を俺の方に向け、「私もその方がいいわ。カップルに見られて、変なこと期待されても困るしね」と、いつもより声のトーンを抑え気味に言った。


「変なことって……」


 さくらのまさかの回答に、俺は動揺を隠しきれず、そのまま観覧車が一周するまでずっと外の景色を眺めていた。

 



  



 


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